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異界2-1.ろくでもないもの

 そこはどこかの合宿所のようだった。ようこは亡霊のように茫然と突っ立っていた。壁は家屋の内側に細長い板を縦に付けて、ひのきの香る山小屋のようだった。ぱちぱちと燃え爆ぜる薪ストーブが隅にあり、そこでぐるっと子供たちが輪になっている。

 ようこは彼らに指示した。いい加減寝床に入り、お休みなさい、と。子供たちはしぶしぶストーブから離れていった。ようこはストーブの中の薪を調整し、小さく山積みにすると、自分の部屋へと帰っていった。

 そこで彼女は自分が引率の大学生だということ、課外授業の手伝いに来ていたということを思い出した。世は戦後間もなく、教員は足りなかった。大学生が借りられ、なんとか子供たちの教育環境を整えていた時代だ。彼女は恋人はいなかったが、意中の先生はいた。歳もそれほど離れていない。カズシゲという背の高い教師だった。

 彼女は何度かその相手に告白を試みていた。しかしけんもほろろ、いつも邪険にされた。なぜなら彼女は犯罪者の親戚だった。そして彼女は、その親戚を支持していた。親戚というのは彼女の祖父、軍人だった。彼女は彼が何のために戦場に出ていったか知っていた。繰り返し、その膝に抱かれ、こう吹き込まれていたからだ。自分はお国のために戦っていない。意外に思えるかもしれないが、私はあらゆる子供たちのために戦っているのだ。お前のような。子供たちが将来安心して生活するために、今戦わねばならないのだ。彼は戦勝国の英雄となった。しかし彼のやったことは子供たちを土に埋めて抹殺することだった。敵国のスパイに彼らが積極的に登用されていたことが分かったからだ。子供たちは耳ざとい。どんな情報も漏らさず持ってくる。市街地戦において、小さな爆弾にもなった少年少女たちをようこの祖父は敵視した。

 彼の行いは明るみになった。戦後、法廷では戦勝国自身の戦争犯罪も暴かれた。戦勝国となったのは複数国あったからだ。彼らは非道な振舞いをする侵略国に共同して攻め込み、いくさを勝った。ところで、戦争とはリターンを望むものの強烈なリスクも控えている。よくあることだが侵略した国と同盟を結んでいながら、この戦いを見て見ぬ振りをする国があった。ようこの国は、その一つだった。同盟を裏切ったのだ。そしてより大きな勢力に力を貸し、勝つ側となった。侵略を始めた国さえ抑えれば平和を取り戻せた。ようこの祖父はその正義のための戦いに参加し、まるで、敵国が為したような非道な振舞いを自分も行った。同盟を裏切った国はそのようなひどい行いを犯した者も少なくなかった。

 法廷はいくら戦勝側に付いたとしても丁寧に事象を裁いていった。彼女の祖父はその罪を問われた。戦時中だからという特別な酌量は与えられなかった。それでも彼女は祖父を尊敬していた。実際、戦争は収まり、犠牲となった以外の子供たちは平穏な暮らしに戻ることができたのだからと。

 その考えはまったくカズシゲには届かなかった。彼女の考えは自己中心で、極めて危険な思想に思えたからだった。当事国の子供たちに責任がないではなかった。いかに大人たちの命令であれ、それを聞かざるをえない環境であれ、彼らが加担したことは否めない。子供も恐ろしい武器になる。それは分かる。彼は戦争そのものを罪と認めないようこに人でなしな感想を持った。いかに自分も他者も破滅的な泥沼に落とすか、よく分かっていない彼女にろくでもないものを見出した。


 このような性質は実際のようこにも当てはまるものがあった。彼女は自分がちやほやされるような美人ではないことを、根に持っていた。彼女のすぐ傍に、そのような根暗な思いを抱かせる美人がいたのだ。だとしても向こうが彼女に対して何かしたかということはないのだが。彼女は変に人の意見などを捻じ曲げて聞いてしまうこともよくあった。例えばある人が映画の感想に「このシーンはもっとこうすべきだった」と言えば、それ以外にも映画についての感想は言っていたのに、「この人はこういう意見だからこの映画については全く評価していないんだ」などと思い込むことがあった。彼女は人の言うことに自分の感想を乗っけて、自(・)分(・)の(・)考(・)え(・)で(・)あ(・)る(・)の(・)に(・)その人のものと決め込む性質(たち)だった。しかしえてして彼女は(この夢でも)自分がトラブルメーカーだとは思いもよらなかった。いつでも自分は正しいことをしていると、思いがちな人間だった。

 そんな彼女だが、こうした性格を客観的に見る機会があった。その時彼女は何とも言えない不思議な感覚になった。お笑い芸人が、コントをするのだが、まるで彼女のような性格を演じ次々と笑いを取るのだ。的確なツッコミがそこに入る。「お前、キレてるんじゃねえよ!」とか、「それはお前の言い分で、いつのまにこいつの言い分になってるの?」とか、しつこくしつこく、誰かの意見の揚げ足を取って特殊な自分の意見とすり替えてしまうボケを繰り出す相方に、分かり易い指摘が入り、たくさん笑いが起きた。彼女は何が笑いになっているのか分からなかった。むしろボケ役の人の言っていることの方が、分かり易かった。

 何を笑われているんだろう。彼女は普段の生活でそのように突っ込まれたことがなかった。しかし客観的に見て、少なくとも誰かの共感を得ているというよりは、ちょっとおかしなことを言っていると捉われているんだな、と思った。


 その時のことを、夢の中の彼女は思い出した。すると、夢の中のカズシゲが急に近づいてきた。

「やっと分かってきたのかい?」そう彼は言った。

「僕はどうも君のことを好きになれない。その理由を何度か説明したが、一向に君は僕のことを君流に解釈してしまって、僕の言ったのとは違うように理解したね。だから、僕はあまり君とは話さなくなってしまった。

 まだ、僕は君に聞く耳はあると思っている。そうでなきゃとっくに僕の方が君のそばからいなくなってるよ。同じ空間にはいられない。君はしがみつく何かを持っている。君はひょっとしたら夢中で何かを探しているのかもしれない。君はとっくの昔に手放したと思っているのを見つけようとしているのかな。もしそうなら、手伝いたく思うな」

 そう言うと彼とともに、山小屋の合宿所の景色も消えた。ようこは、熱い火の粉を頬に感じた。そこは逆さ火山が天井にぶら下がる、あのてつやたちも見た地下の大穴の真ん前だった。

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