2-1.叶崎ようこと、BL小説
叶崎ようこは裸足で駆け出した。何を思ったか辻褄の合わなくなった自作の小説に嫌悪して、衝動的に飛び出したのだ。といっても家の中だが。おもむろに靴下を脱ぎ捨てて、ばたばたと、木葺きの階段を転げていった。そして昼休みに取っておいたシュークリームを冷蔵庫から取り出すと、三口でそれを平らげた。
彼女は大学受験に失敗していた。予備校に通っているが、何とも気の抜けた通学をしていた。どうせ来年も落ちるから。それにしても、周りが自分に大学を勧めてくる意見がうっとおしく、訳が分からなかった。彼女はむしろアルバイトをしたがったが、あいにく地元では受け入れ先がなかった。だから、都会に出て、とにかく学生という身分になって、他の事もできるようになる必要があったのだ。彼女はてつややさすがたちと同じ、田舎の町に住んでいた。
そこではスポーツが盛んだが、文化的な施設は多くなかった。図書館くらいはあるものの、土地柄、そこに納められた本は運動関係の資料が多く、その方面に興味がない者たちは、どこか疎外感を覚えるほどだった。彼女は文学部志望だった。より良い大学を求め、そして失敗した。成績は決して悪くなかった。高校生の頃の予備試験などではBやCの判定を貰っていた。なぜ受験に落ちたかというと、本番の試験場で気もそぞろになったからだった。彼女は昔から急に気分が変わり、集中できなくなることがあった。そういった性格は決して珍しいものではなかったが、彼女は自分が持つこの性向が、特別だとどこかで思い込んできた。というのも、急に気が変わったことで、人から馬鹿にされたことがあったからだった。
しかし、この性格は、結構な空想家や発明家を生み出すことがある。勿論、その分だけ落伍者にもなりやすいが。彼女は社会の境界にいるような人間だった。受験にも落ちたせいで友達も少なくなった。ようこは暇を持て余した。小説を書くなど自分の趣味になかった。というのも自分よりもっとうまい書き手が同級生にいて、彼女などそれを見せてもらって喜んでいた側の人間だったのだ。彼女は暇潰しにも書き出した物語が、一向に辻褄の合わないものになってくるのを我慢できず、多少暴れた。彼女が書いたお話は、耽美を目指したものだった。男同士の友情、そして恋愛を描いたものだった。つまりはBL、ボーイズラブだ。友達の書いたものはそれはよくできていた。資料も近いからだろう、男子高校生の部活動中の(しかも水泳部の!)いちゃいちゃするシーンは興奮もので、激しく妄想をかき立てた。たくましく膨れ上がった互いの筋肉を褒め合ううちに、お互いの記録をではなく、その体に魅力を感じるようになって……ようこは舞台を四畳一間に移して書き始めた。異なる部活動の先輩後輩が同じ部屋に同居し、そこで繰り広げられるやり取りに胸を高鳴らせようとした。互いに違うところが発達した筋肉に、惚れ合うようなストーリーだ。しかしどうもうまくいかなかった。二人が属するスポーツの性質が、相乗効果を生まなかったのだ。無理矢理に痴情に持っていこうとするも、そうなると、彼らが志している運動部における高みがまったく意味のないものになってしまい、ただただこういうシーンを書きたいだけの、三文小説に成り下がってしまったのだ。もっと、密着した環境に落としてやったのだから、ゆくゆくは激しい感情が渦巻いたりどうにもしようがない欲望に打ち負けたりするように、両者が参っていってしまうのを求めたのに。彼女は体育男子の爽やかさを知らなかった。そして爽やかさの影に見る純粋な欲望と破壊、すなわち爽やかさこそ暴力だということに気が回らなかった。これは男子を見る彼女の視点に拠った。彼女は一度異性と付き合ったことがあったが、顔が良くても性格が臆病で、積極的にどうこうしようとすることがなく、何もないままに別れてしまっていた。
彼女は異性に拘った異質な魅力を感じたことがなかった。それはたくさんの本に、彼女が触れた図書館の図書に、そして同級生の書いた物語にも描かれていたのだが、生のものとして感じる機会に彼女は出会わなかった。彼女は家を出た。靴下を履きなおし、自転車の鍵を開けて、それに飛び乗った。遠出する気などなかった。適当な所まで走り、気が済めば折り返す、そんなストレス発散を狙った。彼女はどんどんスピードを上げた。道のりはひたすら緩やかな傾斜で、見通しが良く、トンネルも入り口から先の明かりが見えるものばかりだったからだ。彼女は速度を緩めることなく小一時間ほど乗り続けた。そして七本目のトンネルを入った時だった。
そのトンネルはまちこやしげおらが共通の夢を見たのとは異なるものだった。ようこは彼らのように、自転車を降りたのではなく、がしゃんと何かにつまずいて、つんのめり、前に飛ばされた後に、世界が違って見えたのだった。




