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四人の高校生の場合 彼此岸の旅1-5.素晴らしいもの

 見事な桜だった。だが、明らかにそれは慌ただしく木の枝に付けた五弁の花びらで、しかも瑞々しい緑葉と一緒になっていた。それに、樹は節くれ立っているものの桜の木と同じ枝ぶりではない。もう少し、それより広々としていて、垂れ下がっていない。サイズも場違いなほどでかい。葉と花、桃色と緑色が、交互に見えた。それこそ、互いに向かい合うように並んだ樹が、一対のものとして見えるように。その並びは優しかった。その並びは優しいと、まちこなどは思った。樹は、だが永遠に咲き誇る姿を見せなかった。慌ただしく花を付けたように、また慌ただしく、花を散らし始めた。そして葉も、地面に落ちていった。乾いた地面は、それでその箇所だけを、小さく彩られた。その樹の周りだけを。一対の、樹の周りだけを、色づかせ、華やかにした。火山の下の地下世界を、優しく彩った。

 不思議なものだ、とてつやは思った。こうして明らかに夢を見ている心地なのに、これが現実とは思えず、あるいは小説にあるように異世界に飛ばされたとか、現実に起きるはずもない荒唐無稽なことは考えられるが、それでも何か現実感がどことなくあった。それは心の中で起きていることのように見え出した。心の中。心の中は、勿論現実ではなく、可変的で不思議なことが起きやすいところかもしれないけれど。心の中……?てつやは自分が心の中など覗いたことがあっただろうかと思い出した。心の中は、確かに物語などで誰かのその中身を紹介しているが。これこれこうしたことを、この人間は考えていて、と。だからこのような行動に移ったんだと。そうした理屈は分かりやすく、こちらも感情が揺さぶられるものだったが、それはそれとして、彼は自分の心の中がどのようなものでできているか一度も考えたことがなかった。いや、自分はアニメや漫画などの主人公たちのように行動することはできなくて、ヒーローたちのような考えも持ったことがなかった。

 彼はスイミングスクールで有名選手たちの泳ぎを実際に見ていた。だが彼らのように自分がなれるとは一度も思ったことがなかった。ただ、憧れるだけだった。凄い人は自分とは遠い所にいて、自分はそれだから将来の夢を決め切れなかった。でも、と彼は思った。咲いて散った桜の花びらとみずみずしい緑の葉を見て、急に、自分もこうなりたいと思ってしまった。こうなりたい、とは何だろう。それは自分がとにかく無我夢中で何かに挑戦して、諦めるまで頑張るということなのだろうか。それともそうではなくて、自分がつくり出したものが、このようになることを見ていたい、と思うことだろうか。何でもいい。何でも自分が、魂を込めて創造したものが、咲き散る様子を見たい……?

 彼ははっとした。彼はものづくりが大好きだった。といっても大層なものではない。レゴブロックとか積み木とか、そうしたもので組み立て壊すことが好きだった。彼はオレンジの樹の切れ端などで、上手に小さな建物を組み立てたことがあった。

 彼はものを扱うのがうまかった。道具もさることながら、木工が上手で、余り物はどんな使い道も思い浮かべることができた。水槽の石も、建築現場の廃材も、ゴミ捨て場の家電も、なんらかの使い道を探し出すことができた。それは大した才能だったが、彼は今までそれを自分の才能だと思ったことがなかった。

 彼は急に自分の進むべき道が分かり始めたような気がした。自分が何(・)か(・)に(・)なるのではない。自分が世話するものが、何(・)か(・)になればいいのではないか、と。


 まちこもそうした積み木細工が好きだった。彼女は特に細かい工作が得意で、格子模様の嵌め子などを自作したこともあった。持ち前の集中力は何にでも発揮し、実際彼女は頭の良い方で成績もよかった。そして、何かを任せられることも多々あった。本人にその気はないのに学級委員長に推薦されたり、会計監査を押しつけられることもあった。しかし彼女はあまり頭を使う仕事はしたくなかった。工作ならいい。体を動かし続ける集中力があるものならいい。

 彼女は弓を撃ちたくなった。撃っても撃っても物足りないだろう衝動を感じた。一点集中。そこに彼女の彼女らしい自己実現があった。放つ。再び、矢をつがえる。その一連の動作。また、その繰り返し。繰り返しているが、一度も同じ射撃はなく、都度違う。どう違うのかを気にすることはあるが、そんなに悩まず、再度それを繰り返す。

 それがどうしてあんなにも素晴らしいものに思えるのか、彼女は不思議だった。弓術は不思議だった。遠い的に当たるか当たらないかは無論楽しいものの、それは弓を扱う訓練の一部にすぎない。それは的と自分を直線でつなぐ、自分が拡大したような、的が拡大したような、どちらが大きくなったか分からない関係性を結ぶものだった。それは友達付き合いに似ている。それは経験がないが、多分恋人同士の関係にも似るものだろう。互いを大きく見せ合って、それで見合っている。見合わないと射撃ができない。中には弓道場に通っている者の中に、的を呑み込むように見合ったり、自分が呑み込まれかねないように感じたりする者もいるらしいが、自分は、互いに同等の相手として認め合うように的を見なければ弓を撃つことはできない、とまちこは考えていた。

 それが非常な充実を生んだ。まちこは子供の頃、自分より小さな子供たちと一緒に遊んだことを思い出した。その時まちこはお姉さんだ。みんなお姉さんの言うことをよく聞いた。そして何回も同じメンバーで、ずっと日が暮れるまで、公園やちょっと大きいおうちの庭でたくさん遊んだ。彼女は特別年下の子供たちが好きというわけではなく、お姉さん気質と言うものも持っていたわけではないが、まるで的に矢を当てるように、その時は何かに対して確実な承認……感動……あるいは真実とも呼ぶべきものを、見出していたのだが、それは何だったのだろうと、急にまちこは思い出した。

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