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16 勇者の書の正体

 私は、勇者の書を読み進めるうちに確信した。

 記されているのは極めて有用な、実用性の高い知識だ。

 むしろなぜこの書に記されている内容が、今この世界で広く取り入れられていないのかが不思議でたまらなかった。


 規格の統一など、むしろ『なぜ今までこの事を、誰一人として考えて来なかったのか』と不思議になるほどだ。


 禁じられた書とされた実用的な知識を学ぶ内に、私は気がついた。

 この書に記されている知識が、知恵が、技術が、思想が、一体『誰』にとって危険であるのかを。

 

 過去の王家の腰抜けどもや、無能な他家の貴族達は、この勇者の書の恐ろしくも美しい、実用的な思想を恐れたのだ。

 既得権益にしがみつき、様式美や伝統などというものの上にあぐらをかいて甘い汁を吸い続ける、怠惰な快楽をこそ『善』とする者たちが存在する。

 こういった愚物どもにとっては、甘い汁を吸う余地を消してしまいかねない知恵など、『悪』以外の何物でもなかったのだろう。

 

「実にくだらん。怠惰な善にしがみつく無能どもが、この勇者の書にある実利を追求する精神を悪と断じたに過ぎん。この公爵領で取り入れたダニエル仕様、それにダニエル仕様にあるキロ・メトル法は、いずれもこの勇者の書の記述をもとに私がまとめあげたものだ。結果はどうだった? 公共工事は大成功、愚民どもの生産性は飛躍的に上がり、この公爵家、ひいては父上への忠誠度も大幅にあがっているだろう」

 

 もともと、このダンストン公爵領では、父上と母上の手腕によって民衆の忠誠度も高く、生産性も他領と比べて高い。

 ただでさえ他領と差がついていたものを、さらに抜きん出たものにしたのが規格、そしてダニエル仕様だ。既得権益にしがみつくことしかできない無能どもが恐れるのも無理はない。

 

「公爵家では長さと重さの規格が統一され、商店でのものの売り買いにも長さの単位『メトル』に重さの単位『グロム』が用いられている。王の代替わりで重さや長さの基準が変わり、帳簿をつけるものの裁量で損益が入れ替わる。こんな馬鹿なものが『善』だというのなら、そんな怠惰な善は私の『悪徳』が駆逐してくれる」

 

 マリアベルは丸い眼鏡を外して静かに立ち上がり、エリザベータの侍女アビゲイルとともにひざまずいてきた。

 

「さすがはダニエル坊ちゃま。いえ、ダニエル準男爵閣下です。私どもの浅はかな考えなどが及ぶものではございませんでした」

 

 マリアベルは深々と頭を垂れる。アビゲイルも少しばかり悔しそうな表情ながらも頭を下げる。

 

「何をいうか。エリザベータ、マリアベル、それにアビゲイル。誰が勝った誰が負けたなどという、そんな小さなことはどうでもいいのだ。貴様たちの能力なくしてはこのフク式簿記の普及はなし得ない。まずはキロ・メトル法と同じく、他の者共がぐうの音も出せぬほどの実績を作るのだ! そのうえで、徴税府への申告の際にはフク式簿記での帳簿提出を義務付ける! そうすれば、公爵領内のすべての商店、工房、組合、果てはギルドに至るまで、このフク式簿記を取り入れざるを得まい!」

 

 ぱちぱちぱち、という拍手の音。

 この上なく満足げな顔の母上が、嬉しそうなほほ笑みを浮かべている。

 

「ダニエル、あなたは優れた子だと思っていましたが、とうとうこの母の想像を超えましたね。我が子が想像を超えていく、親としてこれほどの喜びは他にありません。マリアベル、エリザベータ、それにアビゲイル。あなた達3人とも、ダニエルに全面的に協力なさい。それにメトル親方、あなたの家のリットにも協力を要請します。今や公爵領最大規模の工房となったあなたの工房でフク式簿記を取り入れて成功した、ともなれば、他の工房から抗議の声が上がる余地もないでしょう」

 

 母上は優雅に微笑んで扇子を広げ、嬉しそうな笑い声を上げる。

 

「うふふふふ……あぁ、閣下がお喜びになるお顔が目に浮かびます……この試験運用がうまく行ったら、フク式簿記をとりいれた記帳と税の申告方法を『エリザベータ会計基準』と名付けましょう! この基準を公爵領のみならずインダス王国全土へ、さらにはグレイスベルグ王国にまで広げるのです! そうすればダニエル仕様で工業面を、エリザベータ会計基準で経済面を、世界の両輪をわがダンストン公爵家が回すことになるのです!」

 

 おぉ、と思わず感嘆の声が漏れてしまった。

 エリザベータも満面の笑みを浮かべ、アビゲイルと手を取り合っている。

 さすがは母上だ。器の大きさと見据える先の大きさが私とは違う。いっそのこと母上がインダス王国の女王になってしまえばいいのに、と心からそう思う。

 

「素晴らしいですわお母様! ダンストン公爵家に栄光あれ!」

「えぇ、そうですとも! ですがこの栄光は、ダニエルとエリザベータの二人がいなければ到底なし得ないのです。さぁ、ふたりとも励むのです! エルザもアビゲイルも、それにマリアベル、メトル親方も、二人を支えるのです!」

「はい!」

 

 あぁ、なんと素晴らしい一日だ。

 この喜ばしい場に父上がおられないのが残念でならない。

 

 ダンストン公爵家に栄光あれ。我々ダンストン家が、世界を牛耳るのだ。

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