第98話 灯の消える夜
夜は静かだった。
丘の観測所には、
いつものように望遠鏡が並んでいる。
遠枝の灯は、
今夜もいくつか揺れていた。
星とは違う光。
人の火。
遠い文明の夜。
カイルは少し離れた草の上に立つ。
観測員たちは静かに記録を取っている。
誰も声を荒げない。
この丘では、
夜はいつもそうだった。
セリーヌが望遠鏡を覗く。
しばらく動かない。
そのまま、
ゆっくり言う。
「……一つ、弱い」
誰もすぐには分からない。
だが、
皆同じ方向を見る。
遠枝の灯の一つ。
小さな光。
ほとんど星と区別がつかないほどの光。
それが、
少しだけ暗い。
揺れている。
風のように。
呼吸のように。
カイルは空を見ている。
灯はまだある。
だが、
弱い。
丘の草が揺れる。
遠くで森の葉が擦れる。
世界は静かだ。
幹振動が、
足元から伝わる。
どくん。
どくん。
低く、
深い鼓動。
その鼓動の間で、
小さな光がまた揺れる。
さらに弱くなる。
観測員の一人が言う。
「落ちる」
誰も答えない。
灯はまだ消えていない。
まだ揺れている。
その光の向こうに、
小さな影がある。
枝の歪み。
遠い枝。
その灯が、
また一度だけ明るくなる。
まるで、
最後の火のように。
そして。
消えた。
音はない。
爆発もない。
空も変わらない。
ただ、
そこにあった光が消える。
遠枝の影だけが残る。
星は同じように輝いている。
夜も同じだ。
だが、
一つだけ違う。
灯がない。
丘の上は静まり返っている。
セリーヌが望遠鏡から目を離す。
「記録」
それだけ言う。
誰かが紙に書く。
時間。
位置。
光度。
剪定。
誰もその言葉を口には出さない。
だが、
皆同じことを理解していた。
世界樹は伸びる。
枝は増える。
だが、
すべてが残るわけではない。
遠枝の影は、
夜の奥に浮かんでいる。
カイルは空を見ている。
消えた場所。
何もない場所。
そこにも、
かつて夜があった。
火があった。
誰かが空を見上げていたかもしれない。
だが、
今はない。
幹振動がまた落ちる。
どくん。
どくん。
鼓動は止まらない。
世界は伸び続ける。
灯が一つ消えても。
それでも。
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