第95話 幹の遠景
夜は静かだった。
風もなく、
雲もない。
丘の観測所では、
望遠鏡が空を向いたまま並んでいる。
遠枝の灯は、
今夜も揺れていた。
小さな光。
星とは違う、
遅い瞬き。
カイルは丘の下の草に立つ。
観測員たちは記録を続けている。
紙の地図には、
新しい点がいくつも書き加えられていた。
世界樹の枝図。
だが、
その線はまだ途中で途切れている。
空の奥は深すぎる。
すべてを描くことはできない。
セリーヌが望遠鏡を覗く。
長く見続ける。
そのときだった。
星がわずかに揺れる。
遠い星の並びが、
一瞬だけ歪む。
セリーヌが顔を上げる。
「……今」
誰もすぐには分からない。
だが、
空の奥が暗くなる。
影が通った。
雲ではない。
大きすぎる。
星の帯が、
ゆっくりと曲がる。
巨大な柱のような影。
ほんの一瞬。
夜空を横切る。
誰も声を出さない。
望遠鏡を覗く者も、
記録を書いていた者も、
手を止めている。
影はすぐに消えた。
星は元の並びに戻る。
遠枝の灯も変わらない。
ただ、
皆が同じ空を見ている。
カイルはゆっくりと息を吐く。
見えた。
ほんの一瞬。
巨大な幹。
枝ではない。
その奥にあるもの。
世界樹の中心。
セリーヌが言う。
「位相投影」
声は小さい。
確信はない。
だが、
皆同じことを考えている。
枝は見えていた。
影も見えていた。
だが、
幹そのものが見えたのは初めてだった。
空はまた静かになる。
星は遠い。
遠枝の灯が、
小さく揺れている。
幹はもう見えない。
だが、
確かにあった。
あの奥に。
カイルは土を踏む。
足元から鼓動が伝わる。
どくん。
どくん。
低く、
長い。
世界は枝だ。
だが、
その奥には幹がある。
そして、
その幹はまだ伸びている。
夜空は深い。
あまりにも深い。
星の奥に、
まだ見えないものがある。
カイルは空を見続ける。
世界樹は、
想像よりずっと大きい。
それだけは、
もう誰も疑わなかった。
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