第93話 救えない距離
遠枝の影が見える夜が続いた。
灯りを失った枝。
地形の歪みだけが空に残る場所。
それは毎晩、少しだけ位置を変えながら、
夜の奥に浮かんでいる。
観測隊は丘に望遠鏡を据えたままだった。
誰も声を荒げない。
ただ記録する。
星の位置。
光の変化。
枝の歪み。
それだけだ。
セリーヌが望遠鏡から目を離す。
「距離は変わらない」
彼女の声は静かだった。
枝は合流した。
世界は太くなった。
だが、
それでも届かない場所がある。
カイルは空を見ている。
遠枝の影は、
小さく揺れている。
星の奥の影。
触れられない場所。
エリオットが言う。
「計算はした」
丘の上に、
簡易の測量板が並ぶ。
幹振動。
枝の角度。
位相の重なり。
すべてを合わせても、
一つの答えしか出ない。
「遠すぎる」
枝同士は伸びる。
近づくこともある。
だが、
すべてが合流するわけではない。
世界樹は広い。
あまりにも広い。
遠枝の影は、
今もそこにある。
灯りはない。
声もない。
ただ、
形だけが残っている。
カイルは丘の草を踏む。
足元の土は温かい。
幹振動が伝わる。
低く、
ゆっくり。
どくん。
どくん。
世界は生きている。
だが、
その鼓動は遠くまで届かない。
セリーヌが言う。
「もし接触できても」
言葉を止める。
そして続ける。
「遅い」
枝が落ちるのは静かだ。
灯りが消える。
それだけだ。
救助も、
警告も、
間に合わない。
それが世界樹の距離だった。
カイルは空を見上げる。
遠枝の灯はまだいくつか残っている。
小さな光。
遠い文明。
その一つ一つも、
いつか影になるのかもしれない。
だが、
今は光っている。
それで十分だった。
風が丘を渡る。
草が揺れる。
遠枝の影は、
夜の奥で静かに漂う。
誰も触れられない場所。
誰も救えない場所。
それでも、
世界は伸び続ける。
カイルは土を踏む。
畑の芽は伸びている。
森も広がっている。
幹振動は止まらない。
世界樹は、
すべてを抱えながら、
それでも成長していた。
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