第92話 遠枝の影
夜はよく澄んでいた。
風もなく、
雲もない。
星を見るには良い夜だった。
丘の上には、
すでに何人かの観測員が集まっている。
例外調査局の望遠鏡が並び、
静かに空を向いていた。
カイルは少し離れた草の上に立つ。
ここからは、
遠枝の灯がよく見える。
あの小さな光。
遠い枝の文明。
今夜も、
いくつかの灯が揺れている。
だが、
観測員たちの視線は、
もっと奥を向いていた。
セリーヌが手を上げる。
「見える?」
カイルも空を見る。
最初は分からない。
星の奥、
さらに深い場所。
そこに、
ぼんやりとした影がある。
星の並びが、
少しだけ歪んでいる。
遠い枝。
灯りはない。
ただ、
形だけがある。
「前は光っていた」
セリーヌが言う。
記録では、
そこにも灯があった。
遠枝の文明。
小さく、
弱い光だった。
だが、
今はない。
影だけが残っている。
カイルは黙って見ている。
星は同じように輝いている。
夜も変わらない。
風も吹いている。
それでも、
一つだけ違う。
光がない。
遠枝の影は、
ただ空に浮かんでいる。
死んだ星のように。
観測員の一人が言う。
「剪定かもしれない」
誰も声を上げない。
それは特別な出来事ではない。
世界樹は伸びる。
枝は増える。
だが、
すべての枝が残るわけではない。
未成熟の枝は、
静かに落ちる。
セリーヌが望遠鏡から目を離す。
「光が消えただけ」
地形はまだある。
星の歪みも残る。
だが、
灯りはない。
カイルは空を見続ける。
遠枝の灯は、
まだいくつも揺れている。
知らない誰かの夜。
知らない誰かの火。
そして、
光を失った枝。
それもまた、
世界樹の一部だ。
足元の土が、
ゆっくりと震える。
幹振動。
低く、
長い鼓動。
どくん。
どくん。
止まっていない。
遠い枝が消えても、
幹は鼓動を続ける。
カイルは空から目を下ろす。
畑の芽が、
夜風に揺れている。
芽は伸びる。
森は広がる。
世界はまだ、
成長している。
ただ、
すべてが残るわけではない。
カイルはもう一度空を見る。
遠枝の影は、
静かに夜の奥に沈んでいた。
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