第89話 竜の眠り
竜の影を見たという話は、
合流のあと、時々聞くようになった。
だが、
誰もはっきりとは見ていない。
空の端を横切る影。
雲の奥で動く翼。
そんな程度だ。
以前のように、
地上へ降りることはない。
畑にも来ない。
跪くこともない。
それでも、
人々は竜を恐れてはいなかった。
むしろ、
静かなものとして受け入れている。
森の奥に、
古い丘がある。
その丘の頂に、
大きな岩が横たわっている。
遠くから見ると、
それは岩にしか見えない。
だが近づくと、
少し違う。
鱗のような模様がある。
長い尾のような影もある。
例外調査局は、
そこを立入禁止にはしていない。
必要がないからだ。
誰も触れようとはしない。
ただ、
静かに見て帰る。
その丘に、
カイルが登る。
風は弱い。
草の音だけがある。
岩の前に立つ。
巨大だ。
小さな家ほどの大きさ。
だが、
動かない。
呼吸も聞こえない。
ただ、
静かに横たわっている。
竜だったもの。
カイルは手を伸ばす。
鱗に触れる。
冷たい。
だが、
死んではいない。
幹振動とは違う鼓動が、
ほんのわずかにある。
深い眠り。
それだけだ。
カイルは空を見る。
黒い太陽が、
雲の縁に浮かんでいる。
竜は、
枝の補助機構だった。
枝が未成熟のとき、
均衡を保つ役目。
だから、
畑で跪いた。
接続点を守るために。
だが、
今は違う。
枝は成熟した。
合流した。
世界は太くなった。
均衡は、
構造そのもので保たれている。
竜はもう必要ない。
だから眠る。
空の奥で、
遠い枝の影が揺れる。
まだ成熟していない枝。
そこでは、
竜がまだ飛んでいるのかもしれない。
カイルは岩から手を離す。
何も言わない。
丘を下りる。
竜は動かない。
ただ、
静かに眠り続ける。
世界がまた変わる日まで。
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