第88話 重なりの縁
森のさらに向こうに、
人の少ない丘がある。
地図にはまだ名前がない。
合流のあとに現れた丘だ。
高さはそれほどではないが、
頂に立つと遠くまで見える。
空もよく見える。
カイルは昼前にそこへ登った。
道はない。
草が揺れるだけの斜面を、
ゆっくり歩く。
土は柔らかい。
踏むと、
わずかに沈む。
世界が伸びたあと、
こういう土が増えた。
軽くはない。
深い。
丘の頂に着く。
風が強い。
空は晴れていた。
太陽が高く、
黒い太陽はまだ薄い。
だが、
ここでは少し違う。
空の奥に、
もう一枚の空が見える。
雲が二重に流れる。
ほんのわずか、
ずれている。
カイルは目を細める。
遠くの丘陵が、
少しだけ揺れる。
こちらの地形ではない。
向こう側の地形だ。
重なって見えている。
手を伸ばしても、
触れない。
距離は遠い。
だが、
確かに存在している。
重なりの縁。
例外調査局の記録では、
そう呼ばれている。
世界が合流したあと、
ところどころに現れた場所。
二つの枝が、
特に近い地点。
交流はできない。
物は渡らない。
音も届かない。
ただ、
見える。
丘の上に座る。
風が草を倒す。
影が二本に伸びる。
黒い太陽が、
少し濃くなってきた。
その奥に、
もう一つの地平線がある。
遠く、
わずかに光る水面。
こちらの海ではない。
向こう側の海だ。
カイルは黙って見ている。
不思議ではある。
だが、
驚きはもうない。
世界は伸びた。
それだけのことだ。
幹振動が、
足元から伝わる。
低く、
ゆっくり。
丘の草も、
その鼓動に合わせるように揺れる。
空の奥の雲が、
ゆっくり動く。
こちらの風とは違う動き。
向こう側の空気。
それでも、
境界は越えない。
ただ、
重なっているだけだ。
カイルは立ち上がる。
空を一度見上げる。
二つの光。
二つの空。
そして、
一つの世界。
丘を下りる。
畑へ戻る。
重なりの縁は、
そこに残る。
誰も触れない場所。
だが、
世界が広がった証として、
静かに在り続ける。
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