第65話 竜の沈黙
観測記録が止まった。
正確には、
竜に関する記録が。
最後の顕現から、
二十八日。
例外は発生している。
小規模。
局所的。
だが確実に増えている。
それでも、
空は軽い。
圧が戻らない。
「顕現予兆、ゼロ」
観測官が報告する。
過去のデータと照合しても、
竜の前兆値が一切出ない。
まるで、
存在しないかのように。
「処理は続いている」
リナが言う。
例外は縫い直される。
自律的に。
だが、
遅くなっている。
処理時間が延びている。
微小な歪みが、
長く残る。
「負荷は消えていない」
エリオットが言う。
「分散しきれなくなっている」
地図上の印は増え、
接合線は太くなる。
断層の解析では、
深層振動が上昇している。
幹側の圧が強まっている。
その夜。
畑の中央で、
カイルは立っていた。
空は静かだ。
竜の影はない。
だが、
地の奥から、
深い圧が上がってくる。
以前のような表層の圧ではない。
もっと、
重い。
深い。
幹の圧。
土が、わずかに沈む。
侵入不可の境界が、
目に見えないまま、
さらに外へずれる。
観測値が跳ねる。
「深度振動、急上昇!」
リナが叫ぶ。
畑が吸っている。
南部丘陵の歪みが収束する。
北方の影遅延が消える。
圧が流れ込む。
「処理集中点……」
エリオットは柵の外で空を見上げる。
竜は来ない。
完全に。
沈黙している。
「竜は……」
副官が言いかける。
「役目を終えた可能性がある」
エリオットは静かに言う。
圧調整装置ではない。
剪定者でもない。
ならば何だったのか。
緩衝のための存在。
枝が未熟な時代の補助機構。
だが今、
世界は自律的に処理している。
より深い層で。
カイルは土に触れる。
熱はない。
だが、
深い振動がある。
「……重いな」
誰に向けた言葉でもない。
畑は広がらない。
侵入不可も変わらない。
だが、
深さが増している。
もし限界を超えれば。
畑が裂ける。
枝が折れる。
あるいは――
接続が切れる。
その瞬間。
空に、
かすかな亀裂が走る。
肉眼では見えない。
だが、
星の並びが、
一瞬だけ揺れる。
リナが息を呑む。
「幹側の振動です」
初めて、
圧が上からではなく、
下からだけでもない、
**全体から来ている**と分かる。
竜は現れない。
沈黙は、
確定した。
例外は増え、
縫い直しは遅れ、
幹の圧は高まる。
畑は、
深層接続点として立っている。
世界はまだ壊れない。
だが、
枝は限界に近い。
竜の時代は終わった。
次に動くのは、
もっと大きな構造だ。
第二部は、
静かに終わる。
空は軽いまま。
だが、
世界は重くなっている。
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