第60話 失敗
例外は、山岳地帯で発生した。
規模は中程度。
だが、
性質が違った。
空間の歪みが、
一点に集中する。
侵入は可能。
だが、
中心に近づくほど、
景色が二重に見える。
山肌がずれ、
影が二重に落ちる。
世界が重なっている。
「接合点の過負荷です」
観測官が報告する。
負荷値は、
都市級縫い直し時を上回る。
「退避距離を拡大」
エリオットは空を見上げる。
空は軽い。
だが、
今は重くなり始めている。
圧が戻る。
遅れて。
山頂付近の空気が歪む。
白銀の影が、
ゆっくりと顕れる。
竜だ。
久しぶりの顕現。
観測班に緊張が走る。
「処理開始」
誰かが呟く。
竜は咆哮しない。
炎も吐かない。
ただ、
空間の上に静止する。
圧が集中する。
山肌の歪みが、
わずかに収束する。
だが――
止まる。
収束が途中で止まる。
歪みが、
再び広がる。
竜の身体が、
わずかに揺らぐ。
「負荷値、上昇!」
観測器の針が振り切れる。
竜が高度を下げる。
さらに圧をかける。
空が重くなる。
だが、
歪みは消えない。
むしろ、
接合点が裂ける。
音はない。
だが、
山肌の一部が、
別配置に“落ちる”。
崩壊ではない。
縫い直しだ。
だが、
**竜の処理より先に起きる。**
竜は動きを止める。
歪みは収束する。
だが、
処理は竜によるものではない。
世界が先に縫い直した。
竜は、
遅れた。
高度を上げる。
圧が抜ける。
そして――
消える。
完全に。
観測班は沈黙する。
「主任……」
リナの声は震えている。
「処理、失敗です」
エリオットは否定しない。
竜は来た。
だが、
固定できなかった。
世界が先に処理した。
処理能力を、
竜が超えたのか。
あるいは、
役割が変わったのか。
その夜。
畑の空が、
一瞬だけ重くなる。
カイルは立っている。
圧が戻る。
だが、
竜は現れない。
代わりに、
畑の中央で、
土が深く沈む。
内部で、
何かが接続される。
竜の圧とは違う。
もっと根に近い感覚。
山岳地帯で、
竜は固定できなかった。
だが、
世界は壊れていない。
縫い直された。
自律的に。
竜は万能ではない。
竜は原因でもない。
そして今、
竜は必要とされていない可能性がある。
空は再び軽くなる。
観測値は静まる。
だが、
理論は崩れた。
竜は圧調整装置ではない。
少なくとも、
唯一ではない。
世界には、
もっと深い処理系がある。
その存在は、
まだ名を持たない。
だが、
確実に動いている。




