第59話 空が軽い
アルメラの縫い直しから、七日が過ぎた。
例外は収束した。
都市は機能を取り戻し、
地図は修正され、
水路も再調整された。
死者は出ていない。
報告書上は、
成功事例だった。
だが、
例外調査局の内部は静まり返っている。
「観測値を再確認」
エリオットが言う。
各地の負荷指標が並ぶ。
夜が来ない村は収束傾向。
凍らない川は安定。
新規例外は小規模。
数値上は落ち着いている。
問題は、
そこではない。
「圧がない」
リナが言う。
空気の重さ。
あの独特の張り。
畑で観測された、
竜顕現前の圧。
それが、
世界から消えている。
「軽い……」
副官が呟く。
都市級縫い直しの直後から、
空が変わった。
重くない。
押さえつけられる感じがない。
圧が抜けた。
エリオットは地図を見る。
例外は消えていない。
むしろ、
微細な異常は増えている。
影の遅延。
音の歪み。
風向の固定。
だが、
圧はない。
「主任」
リナが低く言う。
「竜が処理していない可能性」
「ある」
「なら、誰が」
エリオットは答えない。
仮説は浮かんでいる。
世界自体が処理を始めた。
竜を介さず。
その夜、
畑の空も軽かった。
カイルは、
違和感に気づく。
あの圧がない。
重さが消えている。
竜の気配がない。
だが、
均衡が崩れた感じもしない。
代わりに、
土の奥が深く沈んでいる。
表面は静か。
だが、
内部に張力がある。
溜め込んでいる。
遠く北部で、
小規模例外が発生する。
だがすぐ収束する。
縫い直しは静かだ。
目立たない。
竜は現れない。
「これは」
エリオットが独り言のように言う。
「処理系の移行だ」
竜による調整から、
自律的縫合へ。
だが、
自律処理には限界がある。
負荷は消えていない。
分散しているだけだ。
「空が軽いのは」
リナが続ける。
「嵐の前かもしれない」
エリオットは否定しない。
軽さは、
安定ではない。
緊張の解放でもない。
静止だ。
弓を引き絞ったまま、
止まっている状態。
その夜。
畑の縁が、
さらに半歩広がる。
柵は動かない。
だが、
侵入不可の境界が、
外側にずれる。
誰も気づかない。
空は軽い。
竜は来ない。
例外は増える。
だが、
世界はまだ壊れない。
それが、
最も危うかった。




