第58話 竜が来ない
北東部の交易都市、アルメラ。
人口三万。
水路が張り巡らされ、
夜も灯りが消えない都市。
異常は、中央広場から始まった。
正午。
噴水の水が、
落ちたまま止まった。
水柱は崩れない。
滴は空中で静止し、
揺れない。
人は動ける。
声も出る。
だが、
水だけが“落下途中で固定”される。
「退避!」
市衛兵が叫ぶ。
半径はゆっくり広がる。
石畳の影が固定され、
旗が風に揺れなくなる。
空間の一部が、
“状態固定”される。
例外だ。
だが規模が違う。
広場から隣接区画へ、
じわじわと拡大する。
「主任、発生規模が都市級です!」
観測班が報告する。
エリオットは即座に判断する。
「全域封鎖。
竜の顕現を観測位置で待つ」
畑の事例。
位相負荷理論。
一定以上の負荷が集中すれば、
竜が現れ、
固定を確定させる。
それが仮説だった。
空を見上げる。
晴天。
圧は、ない。
重さもない。
時間が経つ。
固定範囲は拡大する。
水は落ちない。
風は止まる。
影は固定される。
「……来ない」
リナが呟く。
竜が。
通常なら、
これほどの負荷なら顕現する。
だが、
空は沈黙している。
広場の中心で、
空間が微かに歪む。
地面が裂けるわけではない。
崩壊もしない。
だが、
位相が深く沈む。
「負荷値、上限に近づいています!」
観測器の針が震える。
エリオットは空を睨む。
「来い」
祈りではない。
計算だ。
処理能力があるなら、
今が閾値だ。
だが、
来ない。
空は静かだ。
固定範囲が、
都市の三割に達する。
人は避難できる。
だが、
都市機能は停止する。
「主任」
副官が低く言う。
「処理能力を超えた可能性」
エリオットは否定しない。
その瞬間。
空がわずかに歪む。
圧が戻る。
だが、
白銀の影は現れない。
代わりに、
広場中央が沈む。
崩壊ではない。
**縫い直し。**
固定範囲が、
一瞬、収縮する。
そして止まる。
都市の三割が、
“別配置”になる。
建物は倒れていない。
だが、
通りの角度が微妙に変わる。
水路の流れが数歩ずれる。
固定は消える。
水が落ちる。
旗が揺れる。
影が伸びる。
竜は、最後まで現れなかった。
都市は生きている。
だが、
地図を書き直す必要がある。
「縫い直し……自動処理」
リナが震える声で言う。
竜を介さない調整。
世界が、
直接縫い直した。
その夜。
畑の空が、
一瞬だけ重くなる。
カイルは見上げる。
竜は現れない。
だが、
圧の波が通過する。
畑の縁が、
半歩広がる。
誰も気づかない。
都市は救われた。
死者はいない。
管理社会は機能している。
だが、
前提が崩れた。
竜は、
常に来るわけではない。
処理は、
竜を介さなくても行われる。
ならば、
竜とは何だ。
空は静かだ。
沈黙が、
何よりの異常だった。
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