第53話 例外調査局
正式名称は、
境界現象観測対策室。
だが内部では、
すでに別の呼び名が定着していた。
例外調査局。
設立は急だった。
夜が来ない村。
凍らない川。
音が消える森。
いずれも、
破壊的ではない。
だが、
法則が局所的に固定される。
管理社会にとって、
最も扱いにくい異常だった。
局の設立目的は明確だ。
「制御不能を制御可能に変換する」
主任に任命されたのは、
エリオット・ハルヴァン。
合理主義者。
感情を挟まない。
竜を神と見なさない男。
会議室には、
測定結果が並ぶ。
「共通項は三つ」
エリオットが指し示す。
「侵入不可、あるいは進行不可」
「局所的法則固定」
「破壊性なし」
副官が補足する。
「そして、竜の顕現が確認されたのは一例のみ」
畑。
最初の境界。
だが、
他の例外には竜がいない。
「竜は原因ではない」
エリオットは言う。
「対処側だ」
室内が静まる。
「根拠は?」
「畑の事例だ」
彼は報告書をめくる。
「侵入不可が発生し、
人が線を越え、
その後に竜が顕現した」
「順序が逆だ」
竜が先ではない。
例外が先だ。
「では何が先か」
誰も答えられない。
リナが手を挙げる。
「世界の固定が限界に達した……可能性は?」
エリオットは否定しない。
「仮説としては成立する」
世界は法則の集合体だ。
だが、
法則が“選択的に”固定されるなら。
「世界は単層ではない」
エリオットは言う。
「層構造、あるいは接合構造」
縫い目。
川の中央で感じた抵抗。
夜が止まった空。
「我々は世界を一枚岩として扱ってきた」
「だが、もし世界が接ぎ木されているなら?」
空気が変わる。
神話の領域だ。
だが、
データは否定しない。
「主任」
副官が低く言う。
「それは管理可能ですか」
エリオットは即答しない。
「管理可能かどうかは、
観測後に決める」
彼は信仰を持たない。
だが、
否定もしない。
会議が終わり、
エリオットは一人、
畑の報告書を手に取る。
侵入不可。
空間固定。
竜顕現。
最初の例外。
「観測点か」
呟く。
畑は原因ではない。
指標だ。
その夜、
例外が一つ増えた。
南部の丘で、
影が伸びなくなった。
太陽は動く。
人も動く。
だが、
影だけが一定角度で固定される。
報告は、静かに積み上がる。
破壊はない。
死者もいない。
それでも、
管理社会の内部で、
何かが揺らぎ始める。
もし世界が接合構造なら。
もし縫い目が緩み始めているなら。
竜は、
何をしている。
あるいは、
何が起きている。
畑では、
カイルが空を見上げる。
竜は現れない。
だが、
空は、以前よりわずかに軽い。
均衡は保たれている。
だが、
張力は増している。
例外は増える。
だが、
崩壊は起きない。
それが、
最も不安だった。




