第51話 夜が来ない村
最初に気づいたのは、鶏だった。
夜明け前に鳴くはずのそれが、
鳴かなかった。
鳴かなかったというより、
区切りを失っていた。
村の名は、ローディン。
特別な土地ではない。
豊かでも貧しくもなく、
街道から少し外れた、
ありふれた農村だった。
その村で、
夜が来なくなった。
正確には、
日が沈まなくなった。
空は橙色のまま、
地平線の上に留まり続ける。
暗くならない。
明るくもならない。
夕暮れが、
止まった。
最初の一日は、
誰も騒がなかった。
「雲の具合だろう」
「珍しいだけだ」
二日目、
家畜が落ち着きを失う。
三日目、
子どもが泣き止まなくなる。
四日目、
睡眠が崩れる。
それでも、
夜は来ない。
空は、燃え尽きない。
五日目に、
村長が役所へ報告を出した。
――天候異常の可能性。
調査隊が派遣された。
異常は、
村の境界で止まっていた。
一歩外に出れば、
普通の夜が来る。
星が出る。
月が昇る。
だが、
村に入れば、
空は夕暮れのまま固定される。
「侵入可能です」
調査官は報告する。
「物理的障壁はありません」
畑と違う。
触れられる。
歩ける。
だが、
時間だけが動かない。
計測器が持ち込まれた。
砂時計は落ちる。
水時計も進む。
脈も打つ。
だが、
空だけが止まっている。
「位相の局所固定……?」
若い観測官リナが呟く。
「固定、というより」
主任エリオットは静かに言う。
「縫い留められている」
村人は怯えている。
「竜のせいか」
誰かが言う。
空を見上げる。
だが、
そこに白銀の影はない。
重さもない。
圧もない。
竜は、現れない。
「例外か」
エリオットは、畑の報告書を思い出す。
侵入不可。
位相固定。
竜の顕現。
だが、ここには竜がいない。
それでも構造は似ている。
「主任」
リナが低く言う。
「これ、増えてませんか」
「何がだ」
「例外です」
エリオットは否定しない。
記録を遡れば、
小規模な異常は増えている。
凍らない川。
音が吸われる森。
触れられない岩壁。
どれも、
破壊しない。
攻撃しない。
ただ、
“正常の外側”にある。
夕暮れは、
まだ終わらない。
村人は眠れない。
時間は進むのに、
世界の一部が止まっている。
その夜――いや、
夜ではないが――
遠く離れた畑で、
カイルは空を見上げていた。
空は、普通に暗い。
星も出ている。
だが、
何かがずれている。
重さではない。
軽さでもない。
世界が、
静かに“伸びた”ような感覚。
「……始まったか」
誰に向けた言葉でもない。
畑は静かだ。
竜も現れない。
だが、
均衡は確実に動いた。
夜が来ない村。
それは、
管理できないものが
一つ増えた合図だった。




