第39話 誰も、答えを与えられなかった
鐘は、止まらなかった。
領主館から鳴り続ける警鐘は、
村の空気を切り裂き、
畑の外側だけを震わせている。
柵の内側は、静かだった。
あまりにも、静かすぎた。
「……動かないな」
誰かが、そう呟く。
白銀のドラゴンは、
畑の上空に留まったまま、
一切の行動を取らなかった。
威嚇もしない。
攻撃もしない。
言葉もない。
ただ、在る。
それが、
人間にとっては最悪だった。
「……どういう意図だ」
騎士団長が、喉を鳴らす。
「警告か?
それとも、
領有の宣言か?」
答えは、返らない。
ドラゴンは、
人の言葉に反応しない。
視線すら、向けない。
畑。
土。
根。
それだけを、
静かに確認し続けている。
書記官が、
震える手で記録を取っていた。
「……意思表示は、ありません」
「拒絶も?」
「ありません」
「要求は?」
「……ありません」
その報告に、
会議室の空気が凍る。
要求がない。
条件もない。
それは、
交渉ができないことを意味する。
「つまり……」
領主が、低く言った。
「我々は、
何をすればいいのか、
分からない」
その瞬間、
管理社会は、
初めて“管理不能”に直面した。
畑の内側。
カイルは、
相変わらず、
畝の中央に立っていた。
ドラゴンがいる。
だが、
守られている感覚はない。
評価されている。
それだけだ。
「……何も言わないな」
小さく呟く。
ドラゴンの意識が、
かすかに流れ込む。
――言う必要がない。
それだけだった。
「……そうか」
カイルは、納得した。
ドラゴンは、
人を導く存在ではない。
説明もしない。
理解も求めない。
ただ、
線を越えたかどうかを
見ているだけだ。
畑が拒んだ。
人が踏み込んだ。
だから、
ここにいる。
それ以上でも、
それ以下でもない。
柵の外では、
人間側が勝手に動き始めていた。
「攻撃の準備を?」
「馬鹿を言うな!」
「だが、
このままでは――」
「撤退案は?」
「撤退先がない!」
声が重なり、
判断が割れ、
誰も決定できない。
ドラゴンは、
“敵”ではない。
だが、
“管理対象”でもない。
それは、
管理社会にとって、
最も扱いづらい存在だった。
領主は、
ゆっくりと椅子に座り込む。
「……畑を、
問題にしたのが、
間違いだったのか」
誰も、答えなかった。
正しい手順だった。
正しい判断だった。
それでも、
世界は、
その通りには動かなかった。
夕暮れ。
ドラゴンは、
初めて、
畑の外へ視線を向けた。
ほんの一瞬。
だが、
それだけで、
全員が息を止める。
攻撃か。
宣告か。
どちらでもない。
ただ、
確認だった。
――まだ、越えないな。
その感覚が、
確かに流れた。
次に視線が戻ったのは、
カイルだった。
言葉はない。
だが、
意味は、
はっきりしている。
――次に線を越えるのは、
人の側だ。
カイルは、
ゆっくりと息を吐く。
「……分かってる」
畑の外が、
どうなろうと。
ここは、
もう戻らない。
ドラゴンがいようと、
いまいと。
管理できないものは、
管理できないままだ。
空は、
静かに暮れていった。
答えを出せないのは、
竜ではない。
人の側だった。
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