第38話 空が、答えを出した日
空が割れたわけではない。
雷も、閃光もない。
だが、誰もが同じ瞬間に気づいた。
――上にいる。
畑の上空。
正確には、畑の“真上だけ”。
柵の外では、風が吹いている。
雲も流れている。
鳥も飛んでいる。
だが、
一歩内側の空は、
まるで固定されていた。
「……見えるか?」
兵の一人が、震える声で言った。
「いや……
でも……」
“何か”がいる。
それだけが、
はっきりしている。
カイルは、畑の中央に立っていた。
逃げない。
伏せない。
ただ、見上げる。
「……遅かったな」
誰に向けた言葉でもない。
だが、その瞬間。
重さが、形を持った。
空気が折り重なり、
輪郭を作り、
白銀の線が浮かび上がる。
翼。
角。
長い首。
音もなく、
白銀のドラゴンが、
そこに“在った”。
跪かない。
吼えない。
ただ、
降りてくる。
畑の外には、
一歩も踏み出さない。
柵の、
内と外。
その境界線の上で、
ドラゴンは止まった。
兵の膝が、
音を立てて落ちる。
「……竜……」
誰かが、
祈るように呟いた。
だが、
ドラゴンの視線は、
人には向いていなかった。
畑。
土。
根の気配。
それだけを、確認している。
そして、
ようやく。
カイルを見た。
視線が合う。
言葉はない。
だが、
感情が、直接流れ込む。
――線を引いたか。
――引き返さなかったか。
――奪わなかったか。
問いではない。
確認だ。
カイルは、
一歩も動かず、
静かに答えた。
「……ああ」
声は、必要なかった。
畑の奥で、
深いものが、
静かに応える。
ドラゴンは、
それを感じ取り、
わずかに首を下げた。
跪礼ではない。
だが――
対等の合図だった。
次の瞬間。
ドラゴンの存在が、
外へと滲み出る。
柵の外の空気が、
一気に重くなる。
兵たちが、
息を詰まらせる。
領主館の方角から、
鐘の音が鳴り始めた。
警告でも、祝福でもない。
事態の宣言だ。
ドラゴンは、
初めて人の方を見た。
視線が、
柵の外をなぞる。
言葉はない。
だが、
誰もが理解した。
――ここから先は、
管理できる領域ではない。
カイルは、
ゆっくりと息を吐く。
「……遅すぎるかと思った」
ドラゴンの目が、
わずかに細まる。
感情が、
流れ込む。
――遅くはない。
――人が、越えた。
――畑が、拒んだ。
――だから、今だ。
それは、
裁きではない。
救済でもない。
世界の均衡調整だった。
ドラゴンは、
再び空へと浮かび上がる。
だが、
消えはしない。
畑の上空に、
“留まる”。
それだけで、
宣言だった。
――ここは、
竜が認めた領域だ。
柵の外で、
誰かが、震える声で呟いた。
「……終わった」
違う。
カイルは、
小さく首を振る。
「……始まったんだ」
人が管理する世界と、
管理できないもの。
その境界が、
今、
誰の目にも見える形で
空に刻まれた。
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