第36話 畑が守る
夜が、完全に明けきる前だった。
霧はまだ畑に残り、
足元を覆っている。
作業員たちが、戻ってきた。
人数は少ない。
装備も軽い。
「今日は、軽く確認だけだ」
誰かが言う。
補修。
確認。
安全。
いつも通りの言葉。
カイルは、
畑の中央に立っていた。
何もしない。
止めもしない。
ただ、
そこにいる。
「……あの人、
まだいるぞ」
作業員の一人が、
小声で言った。
「許可は?」
「出てない」
だが、
排除の命令も、
まだ出ていない。
だから――
近づく。
柵の外から、
一人が足を踏み出した。
その瞬間。
霧が、
濃くなった。
視界が、
一歩分だけ、奪われる。
「……なんだ?」
足元が、
少し沈む。
泥ではない。
だが、
硬くもない。
「おい、
地面……」
言い終わる前に、
地表が、ずれた。
崩れない。
割れない。
ただ、
立てない。
「うわっ!」
作業員が、
尻もちをつく。
誰も怪我はしていない。
だが、
立ち上がろうとしても、
足に力が入らない。
「……引け」
年嵩の作業員が、
即座に判断した。
「これは、
事故じゃない」
その言葉で、
全員が察した。
霧が、
ゆっくりと薄れる。
地面は、
元に戻っている。
何も、
壊れていない。
何も、
奪われていない。
ただ――
入れなかった。
作業員たちは、
無言で引き下がる。
記録を取る者もいない。
理由を探す者もいない。
説明できないからだ。
カイルは、
静かに息を吐いた。
「……やったな」
畑に向けて言う。
返事はない。
だが、
土の奥で、
満足したような落ち着きがある。
それは、
怒りではない。
選択だった。
遠くで、
見張りの兵が、
呆然と立ち尽くしている。
彼らも、
報告に困るだろう。
事故ではない。
だが、
事件でもない。
昼前。
領主館に、
短い報告が届く。
立入作業、未遂。
負傷者なし。
原因不明。
再現不可。
紙を読んだ者たちは、
同じ表情をした。
――制御できない。
それは、
排除理由として、
十分すぎる。
カイルは、
畑の縁に立ち、
空を見上げた。
「……これで、
理由は揃ったな」
竜が来るかどうかは、
もう関係ない。
人の世界が、
次に何をするか――
それだけが、
問題だった。
畑は、
静かに、
守る側に回った。




