第35話 最後の警告
夜明け前、
畑に霧が降りていた。
作業灯は消え、
人の気配も一時的に引いている。
その静けさの中で、
足音が一つだけ近づいてきた。
「……起きているか」
低い声。
振り返ると、
騎士団長が立っていた。
兜も、剣もない。
私的な服装だ。
「こんな時間に?」
「人目を避けたかった」
それだけで、
目的が分かる。
二人は、
畑の縁に並んで立った。
柵の内と外。
見えない線の両側だ。
「……忠告に来た」
騎士団長は、
しばらく畑を眺めてから言った。
「公式のものじゃない」
「分かってる」
カイルは、
視線を畑から外さない。
「この先は、
こちらでも責任を取れない」
騎士団長の声は、
本気だった。
「事故が起きる可能性がある」
「事故、ね」
カイルは、
小さく息を吐いた。
「準備してるのは、
事故じゃない」
騎士団長は、
否定しなかった。
「……そうだ」
正直な男だった。
「だが、
書類の上では、
事故になる」
それが、
人の世界のやり方だ。
「君が、
畑を離れれば」
騎士団長は、
慎重に言葉を選ぶ。
「被害者はいなくなる」
それは、
救済の提案だった。
「別の土地を用意する」
「生活も保証する」
「誰も、
君を悪者にはしない」
すべて、
本気だ。
「……それで」
カイルは、
静かに問う。
「畑は?」
騎士団長は、
視線を伏せた。
「……分からない」
それが、
答えだった。
「人が、
触れられないものは」
言葉を切る。
「最終的に、
排除される」
カイルは、
ゆっくりと頷いた。
「ありがとう」
騎士団長が、
驚いたように顔を上げる。
「礼を言われるとは、
思っていなかった」
「本気で、
心配してるのが分かる」
カイルは、
畑を見つめたまま言う。
「だから、
余計に断る」
騎士団長の拳が、
わずかに強く握られた。
「……ここに残れば、
守れない」
「俺がいなくなったら」
カイルは、
はっきり言った。
「畑は、
完全に切れる」
「それでも?」
「それでもだ」
短い答え。
騎士団長は、
深く息を吐いた。
「……分かった」
それ以上、
説得はしない。
「日の出までだ」
最後に、そう言った。
「それまでに、
考えを変えろ」
背を向け、
歩き出す。
数歩進んで、
立ち止まる。
「……君が」
振り返らずに言う。
「英雄になる必要はない」
それは、
善意の限界だった。
騎士団長が去ると、
霧が、少し濃くなった。
畑の奥で、
重い鼓動のようなものが、
一度だけ響く。
カイルは、
柵を越え、
畑の中央に立った。
「……聞いてるな」
返事はない。
だが、
土は、
確かに応えていた。
守る側に回る準備が、
終わりつつある。




