第34話 事故の準備
最初に気づいたのは、音だった。
朝、畑に向かう途中。
いつもは聞こえない金属音が、遠くで鳴っている。
打ち合わせるような、乾いた音。
規則的で、人の手によるものだ。
柵の向こう側に、人が増えていた。
見張りではない。
兵でもない。
作業着の男たち。
荷車。
道具。
「……何してる」
声をかけると、
一人が振り返った。
「ああ、補修です」
即答だった。
迷いがない。
「この辺り、
地盤が弱いらしくて」
“らしい”。
その言い方が、
すでに決まった話だと告げている。
「畑に、
手を出すなよ」
男は、困ったように笑った。
「出しませんよ。
外側だけです」
柵の外。
畑“ではない”場所。
言葉の上では、
何も問題がない。
だが――
地面には、杭が打たれていた。
以前には、なかった位置だ。
水路も、
微妙に付け替えられている。
畑に流れ込む前で、
分岐するように。
カイルは、
何も言わずに畑へ入った。
土に触れる。
表層は、いつも通りだ。
だが、
深いところが、落ち着いていない。
「……準備してるな」
誰に向けた言葉でもない。
昼過ぎ。
別の作業員が来た。
今度は、
魔導具を積んだ荷車。
「調査じゃない」
先に言われる。
「安全確認です」
確認、という言葉が、
何度も使われる。
測ってはいない。
だが、
測る準備は、整っていた。
夜。
畑の外で、灯りが揺れている。
夜間作業。
危険区域だから、
昼間は人を入れたくない――
そういう理屈だ。
カイルは、
畝の中央に立ち、
目を閉じた。
畑の奥で、
重いものが、ゆっくりと動く。
根が、
位置を変えている。
逃げるのではない。
備えている。
「……まだ、だ」
カイルは、低く言った。
「今は、
まだ我慢できる」
だが、
畑が我慢できる範囲と、
人が“安全”と言い張る範囲は、
同じではない。
遠くで、
杭を打つ音が止まった。
代わりに、
別の音が聞こえる。
重いものを、
地面に下ろす音。
火薬か、
魔導具か――
どちらでも、
同じ結果になる。
カイルは、
空を見上げた。
星は、
まだ、静かだ。
「……来るなよ」
竜に向けた言葉か、
人に向けた言葉か、
自分でも分からない。
その夜、
畑は、
眠らなかった。
音もなく、
動きもない。
ただ、
来るものを待っている。




