第110話 畑
朝だった。
空は静かに明るい。
太陽が昇る。
その少し後ろに、
黒い太陽が薄く浮かぶ。
影が二つになる時間。
もう誰も気にしない。
市場では人が動き、
港では船が準備を始めている。
森はさらに広がり、
丘には新しい道ができている。
世界は変わった。
だが、
変わらないものもある。
カイルは畑に立つ。
土を踏む。
どくん。
……。
どくん。
鼓動は続いている。
弱く、
ゆっくりと。
だが、
確かに。
鍬を手に取る。
土に入れる。
柔らかい。
深い。
底が遠い。
芽が並んでいる。
昨日より少しだけ伸びている。
それでいい。
それで十分だった。
カイルは畝の間を歩く。
空を見上げる。
遠枝の灯は、
昼には見えない。
だが、
そこにある。
夜になれば、
また揺れる。
知らない誰かの火。
知らない世界の鼓動。
そして。
足元の土。
手の中の種。
目の前の芽。
カイルは何も選ばない。
何も変えない。
ただ、
そこに立つ。
それだけだ。
風が吹く。
葉が揺れる。
土の奥で、
鼓動が落ちる。
どくん。
どくん。
世界は止まらない。
止まっても、
また動く。
それを繰り返しながら。
カイルは土を踏む。
静かに。
確かに。
世界は、まだ伸びている。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この物語は、
「世界がどう終わるか」ではなく、
「世界がどう続いていくか」を描きたくて書きました。
最初は、ただ畑の話でした。
土を踏み、芽が出て、作物が育つ。
それだけの、小さな話です。
けれど書いているうちに、
その「成長」というものが、
世界そのものに繋がっていきました。
枝が伸びること。
繋がること。
時に、落ちること。
それでも、
また伸びていくこと。
この物語の中で、
カイルは何も選びませんでした。
何かを変えることも、
救うこともありません。
ただ、そこに立っていました。
それでも世界は動き、
止まり、
そしてまた動き出しました。
もしこの物語に意味があるとすれば、
「何もしないこと」ではなく、
「拒まないこと」にあるのだと思います。
変わっていく世界の中で、
抗わず、
見続けること。
それもまた一つの在り方なのではないかと、
そんなことを考えながら書いていました。
最後まで静かな物語でしたが、
少しでもどこかに残るものがあれば嬉しいです。
そしてこの世界は、
物語の外でも、まだ伸び続けています。
あなたの見ている空のどこかにも、
遠い灯りがあるかもしれません。
ここまで読んでいただき、
本当にありがとうございました。




