第106話 停止
来ない。
次の鼓動が、
来ない。
その瞬間。
すべてが止まった。
風が止まる。
草の揺れが消える。
空の光が、
そのまま固定される。
遠枝の灯も、
揺れたまま止まる。
水も動かない。
音もない。
完全な静止。
時間が止まった。
丘の観測所では、
倒れかけた器具がそのまま宙で止まっている。
人の動きも、
途中で止まる。
誰も気づかない。
止まったことすら。
ただ一人を除いて。
カイルは立っていた。
畑の中央。
土を踏んでいる。
空気は重い。
音がない。
風がない。
だが、
自分は動ける。
一歩、踏み出す。
足音はしない。
音そのものがない。
土の感触だけがある。
空を見上げる。
太陽が止まっている。
黒い太陽も動かない。
星も、
遠枝の灯も、
すべて固定されている。
世界が凍りついたようだった。
カイルはゆっくり歩く。
丘の方向へ。
途中で、
空の奥に目を向ける。
そのときだった。
見える。
今まで見えなかったものが。
空のさらに奥。
星の奥。
遠枝のさらに奥。
巨大な構造。
幹。
これまで影でしか見えなかったもの。
それが、
はっきりと存在している。
動いていない。
だが、
そこにある。
世界の中心。
無数の枝を支える柱。
そして。
その鼓動も、
止まっていた。
完全に。
カイルは立ち止まる。
畑に戻る。
土を踏む。
何も感じない。
鼓動がない。
世界は、
支えを失っている。
それでも崩れていない。
ただ、
止まっている。
カイルは目を閉じる。
何も考えない。
何も選ばない。
ただ、
そこに立つ。
拒まない。
それだけだ。
時間はどれだけ経ったのか分からない。
一瞬かもしれない。
永遠かもしれない。
そのとき。
かすかな感覚が戻る。
土の奥。
ほんのわずかな震え。
――どくん。
小さな鼓動。
カイルは目を開ける。
空が動き出す。
風が戻る。
遠枝の灯が揺れる。
音が戻る。
世界が再び流れ始める。
どくん。
どくん。
鼓動が続く。
弱い。
だが、
確かに。
カイルは立っている。
何もしていない。
何も変えていない。
ただ、
そこにいた。
それだけだった。
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