第105話 鼓動の消失前夜
揺れは、止まった。
あれほど周期的に続いていた震えが、
嘘のように消える。
丘の観測所は静まり返っていた。
倒れた観測器を起こす者も、
記録を続ける者もいる。
だが、
誰も声を出さない。
必要がない。
すぐに分かるからだ。
セリーヌが地面に置いた装置を見つめる。
針が動かない。
いや。
動いてはいる。
だが、
ほとんど揺れていない。
「……弱すぎる」
幹振動。
世界樹の鼓動。
それが、
極端に弱くなっている。
カイルは畑で立っている。
足の裏に伝わる感覚。
どくん。
……。
間が長い。
さらに長い。
そして。
次が来ない。
いや、
来ている。
だが、
ほとんど感じない。
世界が、
呼吸を止めかけている。
空を見る。
夜はまだ来ていない。
だが、
光が鈍い。
太陽の輪郭が、
わずかにぼやける。
黒い太陽も、
はっきりしない。
遠くの丘で、
木々が静止している。
風はあるはずなのに、
葉がほとんど動かない。
森の成長も止まっていた。
昨日まで伸びていた芽が、
今日は伸びていない。
それどころか、
わずかに硬い。
生きている。
だが、
進んでいない。
エリオットが言う。
「全域報告」
紙の束が渡される。
海。
湖。
川。
すべて同じ。
水が動かない。
潮の周期が止まりかけている。
遠枝の灯も、
異変を見せていた。
丘の観測所で、
誰かが声を上げる。
「全部……揺れてる」
灯が、
一斉に揺れている。
今までにないほど不規則に。
弱くなったり、
強くなったり。
まるで、
風に晒された火のように。
カイルは空を見る。
遠い光。
知らない誰かの夜。
その火が、
不安定に揺れている。
どくん。
……。
来ない。
カイルは土を踏む。
何も感じない。
いや。
かすかに、
何かがある。
だが、
それはもう鼓動とは呼べない。
セリーヌが呟く。
「支えが消える」
誰も否定しない。
幹振動が消えれば、
枝を支えるものがなくなる。
世界はどうなるのか。
誰も知らない。
空が少し暗くなる。
昼なのに、
光が弱い。
影が薄い。
すべてが、
一段だけ存在感を失っている。
カイルは静かに立っている。
畑の中央。
かつて、
竜が跪いた場所。
風が止まる。
音が消える。
遠枝の灯が、
一斉に揺れる。
その瞬間。
次の鼓動が――
来ない。
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