46 フェンリル
大変お待たせしております。
新しい職場にパタパタしておりました。
あらすじ:迷宮から脱出したら北の大地に移転したリーシャ達に巨狼と顔色の悪い男が近付いて来た。
マルローンの森から現れた白銀の巨狼。
その姿は神々しく静かに威を放つ。
大樹の幹のように太く靱やかな筋肉を持つ脚が大地を踏みしめる度に氷の結晶がキラキラと宙に舞う。
マルローンの銀色の木肌よりもより白く輝く白銀の毛並みはため息が漏れるほど美しい。
野生と理性を宿した煌々と燃えるように輝きを放つ紅い瞳に睨まれれば膝が震え傅き地にひれ伏す。
堂々たる巨躯から漏れ出る暴力的な魔力と高い神性が神に抗いうる獣【神獣】である事を雄弁に語っている。
この巨狼こそ神をも喰い殺す神獣【神喰い】フェンリルである。
その隣を歩く痩躯の男。
白い毛皮のマントで身を包み白く長い髪を後ろで一つに束ね冷たい風に揺らしている。
顔色が悪いというよりも元々青白い肌はまるで屍人のよう。
飄々と人を食うような笑みを浮かべているがそれでも美しく整った顔立ちと長い耳はエルフの特徴である。
「【氷エルフ】か」とリーシャが零す。
その名の通り寒さの厳しい北の大地に住むエルフ族である。
森に住むエルフが森エルフと呼ばれるように北の凍てついた森に住み、その環境に適合していった種族だ。
森エルフに比べ個体数も少なく人族の街に暮らす氷エルフは非常に少ないため氷エルフに会う機会は稀である。
そんな氷エルフがフェンリルの里で、ましてやフェンリルと共に姿を現したのでリーシャは少し疑問に感じ、懐に大切に仕舞っている自身の精霊樹の種に手を当てて思考を巡らしていた。
アキッレはフェンリルの姿を見て即座に片膝を着いて跪いた。
戦士である彼は槍をくるりと逆さにし穂先を大地に刺し腰の長剣を外して脇に置いた。
フェンリルの眷族ハティはフェンリルに祝福された戦士の一族である。
彼らに加護を与えた個体は既に亡くなっているが、そのフェンリルがエルフ族と交わした盟約は眷族であるハティ一族もその盟約に縛られ門を護り続ける宿命を負った。
フェンリルの加護も永い時と共に力が薄れ失いつつあるが盟約の力は弱まることは無い。
アキッレは族長であり一族最強の戦士である母アウリッキの命で、もっと強いフェンリルの加護を得るためリーシャに同行したのだ。
土地に縛られる盟約を破棄し自由になるために。
今、目の前に姿を現したフェンリルはアキッレの村で死後も頭蓋骨を【門】として祀られているハティに加護を与えたフェンリルよりも遥かに巨大である。
このフェンリルに新たな祝福を受ければ土地に縛られる盟約を破棄する事も可能であろう。
しかしそんな打算的な考えも一瞬のうちに消え失せ只々その神獣から放たれる威厳と溢れ出る力にひれ伏したのだ。
そしてアキッレは、この神をも喰い殺す獣を畏れ敬い眷族である事を悦び身体を震わせた。
一方ラタトスクとペロはフェンリルの魔力と神性に圧倒され抱き合いブルブルと震えていた。
また違う反応を見せるのはリーシャの肩に仲良く留まる双子の烏フギンとムニンである。二人はあからさまにフェンリルを睨み敵意を隠さないでいた。
戦闘能力の無いフギンとムニンだけにもしフェンリルに襲われれば一溜りも無いのだが親の仇を見る目で殺気を飛ばしている。
無論フェンリルはそれに気付いているが一瞥もくれず気にも止めていない様子であった。
そうした中リーシャは普段と変わらないままである。
のんびりとリラックスした様子で近付くフェンリル達を眺めていた。
『精霊どもが騒がしいと思ったら、侵入者はハイエルフの娘か...』
フェンリルの思念が頭に直接流れて来た。
低く厳かな男性的な声だ。
「ハイエルフのアルティリーシャナンララだ。リーシャと呼んでくれ」
「これは、これは。ハイエルフ様との出逢いに感謝致します」
返事をしたのはフェンリルの隣に立つ氷エルフの男だ。
大袈裟に手を広げ頭を下げながら薄く笑みを浮かべ飄々とした道化のように振舞った。
「わたくし氷エルフのイムダと申します。こちらは墜ち神を滅ぼす偉大なる牙の王、星月を飲み込む氷の獣王フェンリルが一族の長、『天の星飲み』殿です」
簡潔な自己紹介とフェンリルの大袈裟な紹介を大きく身振り手振りを交えるイムダにリーシャは大きく頷いていた。
「ふむ。イムダ、お主にも訊きたい事が色々あるが後にさせてもらおう。さて、『天の星飲み』よ。わたし達は【世界樹】へ向かうため立ち寄ったのだが、隣に居るこのアキッレはフェンリルに新たな祝福を望んでいる。どうか話を聴いてはくれまいか」
アキッレは頭を下げたまま肩を揺らす。
彼は畏れ多く偉大なるフェンリルと目を合わすことも出来ずにいた。
そんなアキッレにフェンリルが視線を向けた瞬間に大きな魔力が身体を突き抜けた。
まるで何かを試すかのように。
『我が娘『大地の糸読み』に祝福を受けた眷族ハティ。しかし力も随分と薄れ殆ど普通の獣人と変わらぬようだ』
『天の星飲み』はアキッレに鼻を近づけスンスンと匂いを嗅ぐように読み取っていた。
アキッレは冷や汗と震えが止まらない。
この目の前に居る巨狼は村で一族が祀るフェンリルの父だという。
畏れからか悦びからかは自分でも分からなかったが心臓がひどく高鳴っていた。
「俺...いや私達は嘗て虐げられた弱き一族でしたがフェンリル様に祝福を受け戦士の一族となりました。長年【門】となり眠るフェンリル様の盟約に従い彼の地を護り続けました。しかし我等の血は永い年月とともに力が薄れました。それでもフェンリル様からいただいた祝福の御恩に感謝しており【門】の守護は我等にとっても一族の誇りです」
アキッレはゆっくりと顔を上げフェンリルに目を向けた。
フェンリルは全てを見透かす様な紅いルビーの瞳で真っ直ぐアキッレを見詰めていた。
『遠慮をするな。全てを話せ』
フェンリルの言葉にアキッレはゆっくりと一度深く息を吐いて今一度佇まいを直した。
「我等ハティはフェンリルが眷族。フェンリル様と共に生きその命に従い【門】を守護してきました。しかしながら我等の血からフェンリル様の血は薄れ力は失われつつあります。
我等は戦士の一族、戦の民です。
フェンリル様の命を護るためより強くありたいのです。
我等は戦士としてより強くある為に戦場でその力を磨く事をお許し頂きたいのです。勿論一族全てのものではなく修行として彼の地を離れ戦場に出る事をお許し頂きたいのです」
アキッレは再び頭を垂れた。
ハティ一族はリーシャにも言っていなかったが戦場に出たいらしい。
しかし盟約により守護者としてあの土地から離れられないため村を襲いに現れる魔物を狩るだけでは強くはなれないと踏んだのだ。
フェンリルの全てを見透かすような紅い瞳に射抜かれてもアキッレは視線を外さず真摯に見詰めていた。
『我の力を求めるのでは無くより強くなるため外の世界へ出たい。そういう事だな。面白い。我が娘は良き血を遺したな。良いだろう、我がハティ一族をフェンリルの子として新たな祝福をくれてやろう』
アキッレが喜色を浮かべ顔を上げた。
フェンリルはその大きく裂けた口角を笑ったかのように上へ歪ませる。
『しかし簡単に祝福は出来ぬ』
「えっ…?」
アキッレの表情がみるみる暗くなる。
そんなアキッレを愉しむかの様にフェンリルは二の句を告げた。
『一つ試練を与える。
見事乗り越えれば祝福をくれてやる。
ただしハイエルフの娘の手助けは一切認めぬ。
ハティ一族の若武者よ、お主一人でこの試練受けてみせよ』
「母アウリッキの名においてこのアキッレ、フェンリル様の試練乗り越えてみせます」
アキッレはキリリと表情を改め、隣のリーシャからの視線を感じながらもフェンリルから眼を離さずまだ内容も分からぬ試練を受け入れた。
その様子を氷エルフのイムダは吊り上がり気味の眼を細くして興味深そうに眺めていた。
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