20 いつか...
あらすじ︰プラウドとアリスティアが再会出来た
「...アリス!」
卵の中で眠る女性にふらふらと歩み寄るプラウド。
精霊王もスプリガンもそれを止める様子も無くただ見ていた。
「アリス...アリス」
透き通る卵に手を当てて何度も何度も悲痛な声で彼女の名前を呼び掛ける。
リーシャもイエレナも見守る事しか出来ない。
「...アリス」
プラウドの声に反応したのか、女性の眼がゆっくりと開いた。
意識が朦朧としているのか少しの間眼球をキョロキョロと動かすと、その瞳にプラウドを映し出した。
「プラ...ウド...?」
卵に遮られたままなのにその声ははっきりと聴こえた。
少しずつ浮上する意識と共にプラウドを見る眼に熱が篭もる。
「アリス!」
「プラウド!」
卵に遮られたまま二人は掌を重ねた。
プラウドからアリスへの愛おしさが溢れ出ていた。
「ああ、アリス...もう逢えないかと...」
「プラウド...心配させてごめんなさい...」
覚悟をしていた。
アリスと二度と逢えない可能性。
死んでいるかもしれない可能性。
ようやく最愛と再会出来た喜びと生きていてくれた事の安心が、プラウドの眼から一粒の涙を零した。
「さあ、アリス一緒に帰ろう」
プラウドのその一言にアリスは目を伏せて首を横に振った。
「ごめんなさい...一緒には...帰れない」
「な...何故...?」
拒否されたプラウドは絶望に顔を染める。
愛する人にそんな顔をさせてしまった罪悪感から眼を逸らすようにアリスは俯きながら事の顛末を話し始めた。
「私はもう人として生きていく事が出来ないの。
初めて精霊界に来た時、私の身体はもう限界だったの...」
アリスの身体は既に有り余る魔力が瘴気となって癒せない程に侵されていたという。
精霊界で瘴気を身体から抜いて魔力を入れ替えてもあと数ヶ月の命だった。
アリスは生まれ付き精霊に愛される魔力の持ち主【精霊の愛し子】だ。
契約する精霊は勿論、他の精霊達も精霊王ですらアリスを好ましく思うのだ。
そんな精霊達が死の淵にいる【愛し子】を助けたいと思うのは必然だった。
『精霊界で暮らせばいい』
その言葉はアリスを苦しめた。
アリスは生命が続く最後の瞬間までプラウドと【小熊の蜂蜜亭】で過ごす事が願いだった。
少しでも長く一緒に居られるようにと縋り付くように何度も精霊界へ訪れた。
しかし精霊達は甘く囁く。
じゃあその後は?
プラウドはひとりぼっち?
小熊の蜂蜜亭は?
アマラントスの蜂蜜はどうやって手に入れるの?
悪意の無い精霊達の囁きはアリスの見ようとしなかった未来の現実を突きつけた。
精霊界で精霊になって僕達とずっと一緒に居ようよ。
ずっと一緒に...。
アリスは精霊になる事を決めた。
本当は一言プラウドに伝えたかったが、精霊界を出る体力も既に無くなっていてそれは叶わなかった。
せめて早く精霊になってプラウドに伝えようと精霊王が作った精霊の卵に入っていたら今こうしてプラウドが逢いに来てくれたのだ、とアリスは涙を堪えながら言った。
「...なんだよ、それは」
プラウドは卵に遮られて重ねていた掌を握り拳に変えて、絞り出すようにしてアリスの応えを確認する。
「連れ戻したら、お前は死ぬって事か...?」
アリスは小さく頷いた。
「ごめんなさい、プラウド...」
「そんな事出来るわけねぇ...」
「ごめん...」
アリスが謝るとプラウドは涙を流しながら込み上げる怒りを抑える事が出来なかった。
「何でお前が死ななくちゃならねぇんだ!
【愛し子】ってなんなんだよ!
精霊に愛されるなら何でこんな事になるんだよ!
やっと...二人の店も軌道に乗ったのに...
お前の夢が叶ったのに...」
「プラウド...」
プラウドは膝から崩れ落ちて肩を震わせていた。
こんなにも愛おしい人が苦しんでいるのに触れる事すら出来ない。
アリスは自分がプラウドを苦しめている事に胸が張り裂けそうになった。
しかしアリスはちゃんと伝えなければいけない事があった。
「プラウド...」
「...」
膝をついてアリスの入った卵に手を当てたまま返事の無いプラウド。
悲痛な面持ちになってしまったアリスは意を決して無理矢理に笑顔を作って言葉を紡いだ。
「そのままでいいから聴いてね。私は死ぬのが怖かったの。いつか生まれ変わっても貴方を忘れてしまう事が、失ってしまう事が恐ろしかった」
プラウドの肩がピクリと揺れた。
ちゃんと聴いてくれている。
アリスは少し嬉しくもあり、またプラウドを悲しませてしまう決意をを告げる事に胸が傷んだ。
それでも人としての生を棄てたアリスは伝えなければいけない。
「私は貴方とあの店をいつまでも見守っていたいと願ってしまったの」
プラウドが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。
アリスは困った様な笑顔で迎えた。
「それには人としては無理だったの。
ねぇ、いつか私はあの店へ帰りたい。精霊になっていつまでも貴方とあの店を守りたい。それまでは貴方があの店を守ってくれる?お願いよ」
「う、うぅ...」
「泣き虫さんね小熊ちゃんは」
熊の獣人の大男は肩を震わせ嗚咽しながら何度も、何度も頷いていた。
リーシャは二人の愛情がとても息苦しくて悲しいのに胸が熱くなった。
プラウドが落ち着いてから精霊王からアマラントスの蜂蜜が入った壺を受け取り三人は【防人の丘】を後にした。
プラウドは卵の中から手を振るアリスを目に焼きつけるように何度も何度も振り返りながら大事そうに蜂蜜の壺を抱えていた。
無言で歩く三人は日が暮れる頃、王都へと辿り着いた。
【小熊の蜂蜜亭】に着くと随分と忙しかったらしく、へとへとになったマリー達が笑顔で出迎えた。
ケット・シーも寂しかったのかリーシャに甘える様に飛びついた。
リーシャとイエレナは冒険者ギルドへは明日報告する事にして部屋へ戻っていった。
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王都に【小熊の蜂蜜亭】という甘いのにしつこくない特別な蜂蜜がたっぷりとかかったパンケーキが人気の宿屋がある。
厳つい見た目だが話し掛けると優しい笑顔を向ける大男の熊の獣人のマスター目当ての女性客もちらほら居るという。
しかし独り身の彼は浮いた話も無く、毎日を忙しく楽しそうに看板娘のマリーと過ごしている。
マリーの亡くなった姉が恋人だったという風の噂もあるが、真実を知る者は皆語ろうとはしない。
マスターも優しく笑うだけで否定も肯定もしない。
そんな彼の日課がある。
ひとつはこの宿屋に住む精霊ブラウニーにこっそり料理をふるまうこと。
精霊の見えない彼は隠す様に置いた料理が空になっているのを見て、精霊が居てくれることに感謝する。
もうひとつは夜寝る前に恋人が好きだった蜂蜜たっぷりのホットミルクを自室の暖炉の上に置いておくこと。
ーーーいつか私はあの店へ帰りたい
そう言っていた恋人が帰ってきた時に、彼女が好きだった蜂蜜たっぷりのホットミルクを振舞ってあげたいと思っていたからだ。
毎朝起きるとホットミルクは冷たくなっている。
それを少し寂しく思いながら飲み干して朝食の準備を始める。
こうしたルーティンをずっと何年も続けてきた。
とある朝起きて冷めたホットミルクを飲もうとすると中身が無くなっていた。
零れたのかと床を見ても濡れた様子は無い。
甥っ子が遊びに来て悪戯したのかと考えてみたが、今日から学園の入学だと姉が言っていた事を思い出し首を傾げる。
ふと扉の向こうに気配を感じて目を向ける。
閉めていたはずの扉が開いていた。
窓から射す陽の光が見せた幻なのか。
扉の先の廊下を音も立てず歩くメイド姿のよく知る女性を見た。
その女性は一瞬だけ目が合うと優しい微笑みを浮かべていた。
『お寝坊さんね小熊ちゃんは』
「だったらこれからは毎日お前が起こしてくれよ。
おかえり、アリス」
お読みいただきありがとうございます(〃艸〃)
腰痛と戦いながら書ききりました。




