15 不凋花の蜜
目の前に置かれたパンケーキ。
それをリーシャはゆっくりとナイフで一口サイズに切り取った。
生クリームと蜂蜜でたっぷりと飾り付けられたそれをフォークでゆっくりと口元へ運ぶ。
ふとイエレナと目が合った。
イエレナは何も言わず、にっこりと微笑み促す。
覚悟を決めた様にコクリと頷いたリーシャは小さめの口を大きく開けた。
決して広くは無い【小熊の蜂蜜亭】の食堂で、二人のエルフが座るそのテーブルを殆どの食事客が意識していた。
美男美女が多いエルフ族は王都でも見掛けるが、そんなエルフ族の中でもイエレナは相当の美女である。その上高ランクの冒険者で実力もあり言い寄る男を虫ケラの如くあしらう高嶺の花であり本人の知らぬ所で【氷のエルフ様】などと呼ばれるちょっとした有名人であった。
そのイエレナと席を共にする神々しいまでの美少女リーシャ。
見た目はイエレナより年下に見えるが、イエレナがリーシャに対して笑顔を向け敬う様な姿勢を見せている。
それを見た食事客達は、エルフ族の王族かイエレナを超える実力者かと勝手に想像を膨らませながらチラ見しまくっていた。
まあ結局は美女が二人もいれば注目されるのは当然の事と言えるだろう。
そんな周りをガン無視してリーシャはパンケーキを口に頬張った。
カッと大きな瞳を見開いて口の中に拡がる甘味に全身をゾクゾクと震わせるリーシャ。
ふわふわで柔らかなバンケーキの食感。
口の中で溶ける生クリーム。
雑味の無い蜂蜜の柔らかな甘さとほのかに拡がる花の香り。
噛めばストロベリーの酸味と食感がアクセントとなる。
ゆっくりと咀嚼し堪能するリーシャ。
そしてひとつの答えを導き出した。
その全てを引き立て纏めているのはたっぷりとかけられたこの黄金色の蜂蜜である、と。
口元に生クリームを付けたままリーシャはこのパンケーキの美味しさの正体を脳内で華麗に分析し終えた。
「この香りは...アマラントスの蜜か」
その小さな呟きに気付いたのはキッチンから顔を出していた大男。
そう、先程マリーを怒鳴りつけた熊のような大男である。よく見れば頭に獣のような丸い耳を生やした熊の獣人であった。
「美味しいにゃ!もぐもぐ」
ぷにぷに肉球のケット・シーも器用に両手で挟むようにフォークを使ってバンケーキを堪能していた。
あざとさ全開だが、美形エルフ二人に比べると注目度は低かった。
じっくりと味を堪能して食べ終えたリーシャ。
横を見るといつの間にかおかわりまで平らげていたケット・シーの前には空の皿が三枚程積み重ねてあり、パンパンに膨らんだお腹を満足気にさすっていた。
イエレナも既に食べ終え優雅に紅茶を飲んでいた。
すると横からリーシャの皿を下げコトリと紅茶が置かれた。
ありがとう、とマリーに告げようとしたらそこにはマリーでは無く熊の獣人の大男が居た。
「マスターが持って来るなんて珍しいね」
イエレナがマスターと呼ぶ熊の獣人の名はプラウド。
怪力と巨体を特徴とする熊の獣人とはいえ筋肉質で丸太のような腕と鍛え上げられた巨体。
無愛想で厳つい顔付きの上に左頬に刻まれた大きな傷跡が更に厳つさを際立たせている。
蛇足となるが親しみを込めて常連客からはプーさんと渾名されているが本人の前でその名を呼ぶと殺意を込めて睨まれる。
そんなプーさ...プラウドのような厳つい大男が【蜂蜜たっぷりベリーベリー生クリームパンケーキ】を作っている。
ギャップ萌え、いやただのギャップだ。
萌えは無い。
基本、プラウドはキッチンから出て来ない。
それが何故かエルフの美少女に紅茶を持って来たので常連客は何事かと様子を伺っていた。
プラウドは軽く殺気を込めて周囲を一睨みすると聞き耳を立てていた常連客は視線を逸らし耳を塞いだ。
そんな殺気にも全く動じないリーシャとイエレナ。
因みにケット・シーは椅子の上に血の気が引いた様子で正座をしていた。
プラウドはリーシャに視線を向けると口を開いた。
「あんたアマラントスの花を知っているのか?」
「ああ、よく知っている。私の里にも咲いていたからな」
柔らかな笑みを浮かべるリーシャ。
イエレナは同性でありながらもその笑顔に胸をおさえた。
しかし、それよりも二人の会話の【アマラントスの花】の事を思い出す。
不凋花とも呼ばれる一度咲いたら萎れない花。
不死の象徴ともされ、かつては王侯貴族が追い求めた伝説の花であった。
その正体は上位精霊や精霊王達が暮らす精霊界に咲く精霊花という半精霊のような物である事はあまり知られていない。
「そうか。すまねぇがちょっと相談させて欲しい。イエレナ、お前も出来れば一緒にだ」
突然の申し出にきょとんとするリーシャとイエレナ。
イエレナはプラウドを怪訝そうに一瞥してリーシャの顔色を窺う。
「私は別に構わないけど、リーシャ様はどうしますか?」
「ああ。わたしも構わないよ」
「っ!そうか、ありがとうな。ちょっとこっち来てもらっていいか」
二人の了承を貰うとプラウドはマリーに朝食はオーダーストップだと伝え、キッチンの隣にある倉庫へと二人を連れて入って行ってしまった。
その部屋は倉庫らしく、様々な物が乱雑に置いてある。
中には使い込んだ両手斧や鎧、魔道具らしき品も見受けられた。
奥に行くと埃を被ったテーブルの上に椅子が逆さに組み合わせる様に乗せられていた。
プラウドは椅子を下に下ろし、【浄化】の魔法で綺麗にしたからリーシャとイエレナに座る様に促し、「ちょっと待っててくれ」と出て行った。
リーシャがケット・シーを膝に乗せもふっているとプラウドが壺を抱えて戻って来た。
プラウドは壺をテーブルに置いて二人の向かい側に座った。
「こいつは、うちで使っている蜂蜜だ」
「ほう」
「うん、いい匂い」
「くれるにゃ?」
ケット・シーが眼を輝かせて壷を取ろうとすると、プラウドは壺を押さえつけるようして片手で掴んだ。
「馬鹿野郎、やるわけねぇだろ。もう残り僅かしか無ぇんだ」
「ケチだにゃ〜」
不貞腐れるように口を尖らすケット・シー。
「それでこんな人気の無い場所まで呼んで何なの?」
イエレナは怪訝な顔を隠そうとせずプラウドに問いかけた。
プラウドは壷を大事そうに抱える。
「この蜂蜜はあのアマラントスの蜜なんだよ」
「やはりアマラントスか!」
「え!?アマラントスって精霊界にしかないんじゃないの?」
「?」
リーシャはやはりな!とドヤ顔を見せ、イエレナは驚きを隠せなかった。
ケット・シーは知らないので聞き手にまわった。
「リーシャ様の故郷ならあるかもって思ったけど王都で手に入るものなの?」
「でなきゃここにある筈無いだろうが」
「...まさか【防人の丘】...?」
冒険者として長く活動していたイエレナはそれがある可能性が高い場所をいくつか導き出し、一番有る可能性が高く一番最悪な答えを告げた。
プラウドはニヤリと口角を上げた。
「そうだ。あの丘にはアマラントスが咲いている。あんたらにはあの丘までの護衛と精霊との交渉を依頼したい」
「精霊って...スプリガンと?」
スプリガンは古の盟約により古代遺跡や財宝を護る精霊である。
彼らが護る場所には貴重な魔道具や武具、金銀、宝飾品が眠っている。
それらを狙って力業で挑めば、巨人と化したスプリガンが強力な魔法と力で襲いかかる。
その危険度はАランク以上とされる。
しかも【防人の丘】は王都近隣であるのに攻略されていないのは、スプリガンの数が少なくても100体以上確認されているためだ。
因みに冒険者ギルドでも【防人の丘】攻略依頼は常に張り出されているが、30年以上放置されたままである。
「スプリガンに力を示して奴らが護る物に触れぬ盟約を結べばいい。まさかアマラントスを護っているなんて事はあるまい」
「頼めるか?」
「ふむ。いいだろう。あの蜂蜜のためだ」
「り、リーシャ様...」
青い顔でイエレナが振り返る。
「イエレナも着いてくれば上位精霊と契約を結べるかもしれぬぞ。アマラントスが咲くほど魔力が濃いのだ。精霊界に引き篭っている者も顔を見せるやもしれん」
「本当ですか!?」
リーシャの言葉に顔を明るくしたイエレナはリーシャと一緒にプラウドの依頼を受ける事を了承したのであった。




