14 ブラウニー
たっぷりとぷにぷにとしたお肉を堪能したリーシャは眠気に襲われた。
名残惜しいが、オルソンから離れる。
「そろそろ眠いからまたな、オルソン」
「あ、はひ(また?これって一体...)」
妄想するオルソンを尻目に「世話になった」とアレン達にも挨拶してリーシャはイエレナと共に宿屋の中へ消えていった。
ザックが惚けているオルソンの脛を蹴り、レオニールが肩にパンチを入れた。
「痛いっ!」
涙目になるオルソンの肩をアレンが抱き寄せた。
その顔は意地の悪い笑顔を浮かべている。
「あはは...」
「オルソ〜ン、今回お前だけ随分良い思いしてやがんなぁ〜。今夜は全部話すまで飲ませるからなぁ」
「どうやって口説き落としたのか教えろよ!」
「こんにゃろー!うらやましいぞー!」
「あう...(口説くも何も俺が知りたいよ)」
そうして四人の男達は夜の繁華街へと消えていった。
「いらっしゃいませ!イエレナさん、おかえりなさい!」
小熊の蜂蜜亭に入ると赤茶の髪をポニーテールにした二十代半ば程の女性が元気よく駆け寄って来た。
この宿の看板娘マリーだ。
「ただいまー!マリー!もう一部屋こちらの方にお願いしたいのだけど空いてるかしら?」
「イエレナさんも美人だけどこちらの人もとんでもない美人さんだねー!もちろん空いてるよ!一人部屋で良いのかな」
「...?ん、イエレナに任せている」
リーシャは宿屋のシステムが分からずイエレナに丸投げする事にした。
何しろ眠いのだ。
「ではリーシャ様、とりあえず一週間でいいですか?」
「あ、ああ」
イエレナはリーシャの分を一週間分支払い、マリーから鍵を預かると指定された二階の部屋へリーシャを連れて行った。
イエレナは部屋の鍵を開けて、鍵をリーシャに手渡す。
「こちらがリーシャ様の部屋になります。シャワーも部屋に完備されていますので安心して下さい。お疲れの様ですから詳しい事は明日の朝説明しますね。何かあったら私は隣の部屋にいますので。ここの朝食はとても美味しいので楽しみにしていて下さいね。では、明日の朝食の時間に迎えに来ますね。後、部屋に入ったら必ず鍵を掛けてくださいね」
「ありがとうイエレナ。今日は休ませてもらうよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
リーシャが部屋に入りカチャッと鍵を閉める音を確認したイエレナは嘆息して自分の部屋へ入っていった。
リーシャは部屋に入るとベッドの上にケット・シーを乗せ、精霊樹の種を入れた銀糸で編まれた袋を枕元に置いた。
ケット・シーが袋に興味を持つ間にリーシャは目の前で服を脱ぎ始めた。
「にゃっ?」
目を丸くするケット・シーを無視して薄いキャミソールと下着のみ残して全て脱ぎ終えると白磁のようなキメ細やかな白い柔肌を露わにしてふかふかのベッドへ潜り込んだ。
一応、見てはいけないとベッドの端で丸くなっていた自称紳士ケット・シーに手を伸ばして抱き寄せるとリーシャはすぐに寝息を立て始めた。
「僕は猫だから良いけど危険だにゃあ」
テントの中では脱ぎはしなかったが、リーシャは基本的に寝る時は裸族だった。
ケット・シーは完全無防備な主人を誰にも見せる訳にはいかない、と部屋に結界を張ってから眠りについた。
翌朝、小鳥の囀りと窓から射し込む陽の気配に目を覚ましたリーシャ。
上半身を起こしてから腕を腕を上に伸ばす。
部屋を覆う魔力で、ケット・シーが部屋に結界を張ってくれた事に気付き、まだ夢の中にいる黒猫を感謝も込めて優しく撫でた。
ふとドアの向こうから精霊の気配を感じて、リーシャはケット・シーの魔力を手繰り結界を解いた。
するとドアをすり抜けて小さな人型の精霊が部屋に入って来た。
大きな赤い帽子を被りボロボロの服を身に纏った精霊は脱ぎ散らかしたリーシャの服を拾って丁寧に折りたたみソファーへ置いて直ぐに出て行った。
(ブラウニーか)
ブラウニーは屋敷などに取り憑く精霊だ。
気に入ったら、その家の手伝いで掃除や片付けをして小さな幸運をくれる。
しかしボロボロの服の事を言われたり、悪人に対しては結構タチの悪い悪戯をしてくるのだ。
少々気難しい性質のブラウニーが人の出入りが激しい宿屋に住む着くのは珍しい。
建物もしくは店主を気に入っているのだろうとリーシャは想像できた。
服を着ようとベッドから下りるとドアがノックされ、イエレナの声が聞こえた。
「リーシャ様、起きてますか」
「ああ、入って構わないよ」
「おはようござ...」
ガチャりとドアを開けて笑顔だったイエレナは、中にいた半裸のリーシャを見て顔を真っ赤にして勢いよくドアを閉めた。
「リーシャ様!そのような格好のまま人を招いてはいけませんっ!此処に居るので服を着たら声を掛けてください!」
ドアの向こうから動揺を隠せないイエレナに怒られた。
女同士だから気にする事は無いのに、とリーシャは思ったがとりあえず服を着ているとケット・シーも目を覚まして枕元にあった精霊樹の種が入った袋を持ってきてくれた。
「姉さん、おはようにゃ」
「おはよう、結界ありがとう」
「にゃふ」
リーシャが結界を解いた事を告げるとケット・シーは「流石ですにゃ」と言いつつ他人の結界を気付かれずに解いたその技術に内心複雑ではあった。
着替えを済ませ精霊樹の種を受け取りドアを開けるとイエレナが立って待っていた。
「おはよう、済まないな」
「いえ、おはようございます。駄目ですよ、男に見られたら大変ですよ。利用客は女性が多いですけどそれでも男性客は居ますから!ただでさえ超絶美少女なのに危険です!」
「イエレナなら同性だし構わんのに。勿論、番以外には肌は見せるつもりはないよ」
リーシャの呟きにイエレナのお説教が始まってしまった。
そんなお説教も右から左へ受け流していると、階下から甘い匂いがリーシャの鼻腔を擽った。
「美味そうな匂いにゃ」
ケット・シーがその匂いに鼻をひくひくとさせる。
リーシャは咄嗟にケット・シーを抱き上げ、イエレナの手を握った。
「行こうか!」
リーシャのキラキラとした瞳を向けられたイエレナは「もう!」と言いながら一緒に1階の食堂へ向かった。
食堂では八割の席が埋まっていて、甘い香りが漂っていた。
キッチンから看板娘のマリーが両手に皿を持ったまま出て来て、二人に気付いた。
「おはようございます、イエレナさん!リーシャさん!」
「おはよう!」
「おはよう」
「おはようにゃ!」
「猫が喋った!」
ケット・シーからも返事をされて驚くマリー。
「彼はケット・シーという半精霊だ。それよりそれは?」
リーシャは適当にケット・シーを紹介して、マリーの手に乗せられた料理から目が離さない。
「せいれい...」
「マリー!ボケっと突っ立ってねーでさっさと運べ!」
精霊を初めて見たらしいマリーが立ち止まっていると背後から熊のような大男が怒鳴りつけた。
「あ!はいはい!ごめんよ!空いてる所へ座って!」
マリーはそそくさと料理を他のテーブルへと持っていった。
イエレナに促され、奥の空いたテーブルに向かい合わせで座るリーシャ。ケット・シーはリーシャの隣にお行儀よく座った。
リーシャが他の客の料理を見ると殆ど同じ物を食べている。
「ふふふ。リーシャ様あれがここの名物なんですよ」
「ほう」
「美味そうにゃ〜」
イエレナは王都までの間、食の細かったリーシャがここの名物料理に興味を持った事を嬉しそうにしている。
オルソンからチョコレートを貰って感動していた事を聞いて、【小熊の蜂蜜亭】の名物料理をリーシャに食べさせたいとずっと思っていたのだ。
イエレナは手が空いたマリーに同じものケット・シーの分を含めて3人分を注文をした。
リーシャとケット・シーはそわそわしながら他のテーブルで舌鼓を打つ人々とその料理に釘付けになっており、イエレナはそんな二人を温かい目で見つめていた。
あくまで他テーブルの料理を見ていたリーシャだが、絶世の美少女にキラキラとした目で見つめられていると勘違いして顔を赤くして食事の手を止めてフォークやナイフを落としてしまったり胸を押えて悶えたりする老若男女が量産されていた。
数分経ってキッチンから両手で器用に三人分の皿を乗せたマリーがリーシャ達のテーブルへやって来た。
「お待たせしました〜!名物【蜂蜜たっぷりベリーベリー生クリームパンケーキ】です!」
それは生クリームの上にブルーベリーとストロベリーを散りばめ、たっぷりと蜂蜜をかけたふわふわのパンケーキ。正に名前の通りの料理で、このパンケーキこそがこの【小熊の蜂蜜亭】の人気の秘密であった。




