108「刺客再び」
「ぬうっ」
だが、巨体のジャンはすぐさま左腕を振るってメイドをなぎ倒そうとするが、渾身の一撃はいともたやすく細腕で受け止められた。
メイドが細腕に力を込めて引っ張るとジャンの丸太のような左腕が、
ごぎり
と鳴った。
関節が外れたのだろう。
痛みのせいかジャンが吠える。
メイドはスッと酷薄そうに目を細めると素早く回し蹴りをジャンの後頭部に放った。
軽量である女の蹴りとは思えない衝撃でジャンは吹っ飛ぶと壁にぶつかって横倒しになった。
「ジャン殿――」
「カインさま、動かないでくだされ!」
ジャンが野太い声で吠えたがメイドはすでに彼を戦力とみなさないのか、視線だけをカインの動きに集め、射るように睨んだ。
ジジジとロウソクが揺らぎ、不意に闇が濃くなった。
カインは背筋を伝う冷汗の心地悪さを感じながら急激に襲ってきた喉の渇きに片目をつむった。
――刺客に間違いない。
面貌を変えるなど暗殺者にとってはそれほど難しいことではないだろう。
主人であるジャンをまんまと騙したことからその精度の高さは一目瞭然である。
アイリーンの叔父であるジャンは戦意喪失はしていないまでも、脇腹の傷と左腕を折られた衝撃からまだ立ち直れずに呻いていた。
カインはメリアンデールを背にかばいながら、徐々に距離を詰めてくるメイドを見やった。
「こんな夜更けまで仕事とはよくよくアンタの雇い主はよほどブラックとみえる」
カインのいい回しがピンと来ないのかメイドの凍った表情にはじめて揺らぎが生じた。
夜中にこれだけドタバタ騒いで誰も駆けつけないところを見ると、前回と同じく屋敷の家人はなんらかの方法で眠らされたのは間違いなかった。
「狙いは私の命だな?」
――心当たりがあり過ぎる。
メイドは無言のままナイフを手にしジリジリと歩を進めてくる。
「だが、こっちも同じ手で何度もやられるほど阿呆じゃないからな」
カインがパチンと指を鳴らすと天井の梁に隠れていた騎士たちが一気に飛び降りてメイドを瞬く間に囲んだ。
その数五人。
いずれもカインが直接選び抜いた精鋭中の精鋭である。
「悪い、ジャン殿。ゴミ掃除を一気に済ませたかった」
「いえ、カインさまのご指示通りでしたな」
ジャンは懐から血糊の入った袋を取り出すと床に投げつけた。
鉄臭さが一気に室内へと充満する。
「ふんっ」
ジャンは野太い声で吠えると脱臼した腕を入れ直した。
「こうみえても若いころはだいぶ拳闘で鳴らしましたのでな。抜かれた腕を入れ直すなど、造作もないことで」
メイドは腰を低く落とし警戒態勢を作った。
「絞りたての獣の血だが、そのくらい気づかなかったのか? 暗殺者のくせに観察眼はたいしたことがないようだな。前回はいいようにされたが今度は逃げられると思うなよ」
カインがわざと嘲るように吐き捨てた。
メイドが低く唸って瞳の色が真っ赤に変わった。
「ジャン殿、目を合わせるな」
カインは素早く視線を逸らすと同時にメイドが地を蹴ってナイフを振りかぶる。
だが、いま一歩のところで襲撃は失敗に終わった。
騎士たちが四方からメイドへと一気に襲いかかったのだ。
両肩、脇腹、左腕に斬撃を受けたメイドはかろうじてひとりに蹴りを入れると飛び退ってなんとか捕獲を逃れた。
致命傷を受けたメイドの顔が驚愕で彩られる。
「な、なぜだ……なぜ、我が幻術が効かぬ」
「わからないか? じゃあ教えてやる。この騎士たちは生来目が見えぬ」
カインの言葉にメイドは激しく舌打ちをした。
――幻術封じ。
「前回、屋敷の者たちを残らず眠らせてからの行動には恐れ入ったが、こっちもただ指を咥えておまえたちの襲撃を黙ってジッと待っていたわけじゃないさ。ジャスティンが覚えていたんだよ。見覚えのないメイドに出会ったあとにわけがわからなくなったってね。刺客が易々と警備を突破できたのも、その特殊な魔眼を使ったのだろう。生憎とロックのやつが躍起になって調べてくれたおかげで、おまえたちがどこの暗殺ギルドの者かくらいはだいたい推察がつく。だが、いくら私が領主代行でも証拠もなしに領内のギルドを一方的に潰すわけにはいかない。暗殺ギルドも国内では横の繋がりが広いからな。だが、おまえをここで捉えてしまえば堂々とやれるんだ。証拠さえあれば、おまえが頼りにしている王都の本部もかばえなくなるだろう。罠に嵌ったのはおまえたちなんだよ」
メイドは青白い顔に冷や汗を浮かばせて、もはや切断しかかっていた自分の左腕を無理やりもぎ取り、カインへと投げつけた。
ただの肉塊になった腕がだんだんっと鈍い音を鳴らしてカインの足元に転がってきた。
血臭がカインの鼻先を横切った。




