107「箱庭」
「うーん」
カインはディーバ川とカルリエ盆地の箱庭を前にして唸っていた。
場所はアイリーンの叔父であるジャンの屋敷の一角を借り受け臨時の作戦室を設けていた。
箱庭には「ゝ」の字にくねった角の周囲に村が点在していた。
毎年雨季になれば水が出る部分にはかなりの労力をかけて堤が築かれているが、ジャンの話によれば効果は芳しくないらしい。
――こういうときに話し合える相手がいれば少しは妙案も浮かぶかもしれないのだが。
アイリーンをはじめとしてリースやライエも頭の回転は悪くないのだが、こういった話をしてみてもいまいちピンとこないらしくいつものようにポンポンと答えが跳ね返ってこない。
――相談役が欲しい。
剣のことならジェフに、金勘定ならゼンが少しは話し相手になるが、こういった関係ではあまり頼りにならないのが実情であった。
「あのお、お姉ちゃん、こんな遅くまでつき合ってるのに、そういう態度はどうなんでしょうか。さびしいなぁ。すっごくさびしいなぁ」
「姉上はさっきまでぐうぐう寝ていたじゃないですか」
「カインくん。人間、夜は寝るものなんだよ」
メリアンデールがくいくいと額を指で押してくる。
(一応は領主代行なんだがな)
「夜更かしすると朝起きれませんよ」
「カインくんこそ。あんまり徹夜ばっかりするとおっきくなれないよっ」
「う……」
――それは困る。
(確かに骨の成長には睡眠時に分泌される成長ホルモンが重要なんだが。おれだってなんもなきゃ王都で暮らしてたときみたく好きなだけ寝てたいよ)
「いっしょにねんねしよっか?」
「悪魔的な微笑みで誘惑するのはやめてください」
「かわいくな……かわいいなあ」
よほど弟であるカインが好きなのだろうか。
姉のメリアンデールはカインがなにをいっても基本的にすべてを受容するので始末が悪い。
そんなとき――。
静かであったロウソクの炎が小さくゆらぐ。部屋の空気が動いたのだ。カインが振り返ると扉の向こうにメイドを従えたジャンが巨体をゆすって立っていた。
「根を詰めておりますな、カインさま」
「ジャン殿。勝手に居座ってしまって申し訳ない」
「いえ、屋敷も人もすべてご領主であるカインさまのものでございます。お好きなようにお使いくださいませ」
「そういってもらえると助かる」
「これは、このあたりの模型ですか」
ジャンが急造の箱庭をほう、と感心しながら覗き込んだ。
「そうだ。どうにかディーバ川の流れをどうにかできないかとない知恵を絞っているのだがな」
「私は田舎者の野夫です。たいした知恵もありませんが、ひとつ気になることがありまして。カインさま、単純にいまある堤を大きく強くする方法ではよくないのでしょうか」
「それも考えているが、単純に堤を大きく盛り上げるだけではダメだろうな。見てくれ。ここのカーブのところに増水した上流からの勢いがすべてぶち当たっている。毎年水が出るのは、いくら堤を高く強くしても所詮は土でできているから水流の破壊力に耐えきれないんだ。そこで幾つか策を考えた」
「ふんふん」
理解しているかどうか怪しいがメリアンデールが鼻息荒く身を乗り出した。
そのときだった。
「う、ぐ」
一瞬だけカインが目を離した隙にジャンの脇腹へとナイフが突き刺さっていた。
刺したのは――ジャンの脇に控えていたメイドである。
彼女は、いまや殺気を隠そうとせずジャンから引き抜いたナイフを舐めながら薄く笑っていた。




