余計なこと
その後、二条城に到着した時間は、俺たちと矢代たちでそう変わりはなかったらしい。先に着いていた矢代へ謝ると、彼女は平然と「全然待ってないよ」と返した。彼女ほどかっこいい女子はなかなかいないと俺が断言しよう。
「それで? なんの話だったの?」
見て回っている途中、ふいに矢代がそう尋ねてきた。
「別に。大したことじゃない」
「ふぅん、そっか。ということは、彼女は君を許してた?」
表情はそのまま。だが、明らかにその声音は変わった。どこか蠱惑的な蝶を思わせる、魅力的な声。だがだからこそ、気圧されそうになる。
彼女は綾乃と俺がどんな関係にあるのか知っているのか。その上で、俺から情報を得ようとしている。
「あぁ、一応は。俺が昔どういうことを言ってあいつに恨まれたか、とかも知ってるのか?」
「うん、聞いたことがあるよ。とても君のこだわりには共感できないけど」
「こだわり?」
「うん。言葉なんてただのツールでしかないんだよ? 自分のこだわりに振り回されて、本来の機能を失っちゃったら意味がないと思うけど」
「俺はお前みたいに大人じゃないんだよ。まだ言葉を上手く使えないんだ」
「言葉を使う、か。確かに難しいよね」
自分だけ何か納得して、彼女は俺から視線を外した。会話はここで終わりかと俺は思ったが、彼女は「そうだなぁ……」とつぶやく。矢代の目は、ここではないもっと遠くを見つめている気がした。
「今回はまだ可能性があるかもだね。任せたよ、圭人くん」
「――? なんの話だ」
「ただの独り言ですよ」
「独り言にしてはしっかり俺の名前を言ってたが?」
「それでも独り言だよ。でも、このことを聞きたがっている誰かがどこかにいるかもね」
「誰か?」
俺のその質問に、彼女はただ笑顔を返した。そして今度こそは話を終える。
ふいにふわりと頬を撫でる風。俺は何となく足を止めていた。
風に乗ってきた紅葉が、俺の足元に舞い落ちる。覚えず伸びる手。だが、指先がその葉に触れる前に矢代が俺を呼んだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
そうして、俺は再び歩き始める。ほんの少し前を歩くメイドが、少し首を回してこちらの様子を気にしていた。
* * *
「いやぁ、楽しかったなぁ。やっぱり美少女を三人も連れてると気分が違うね」
「それはよかったな」
プラン通り散策を終えた俺たちは宿に戻ってきていた。少し早く戻ったせいで夕食にはまだ時間があり、俺は自室で三山と駄弁っている。スマホを弄りながら彼は楽し気にこちらへ話しかけてくる。
「けどなぁ、メイドちゃんのATフィールドはなかなかに厚いね。この僕でも割るのが難しいよ」
「心の壁って普通に言えよ」
わかりにくいネタをいきなりツッコむなと俺は彼に言いたい。しかしながら、こういうのにノータイムで返答できた時は少し気持ちがいい。この感覚はわかってもらえるだろうか?……ってだれに言ってんだ。なんだか最近変な癖がついてしまった。
「うーん、悩みどころだよ。にこにこと笑ってはくれるんだけど、あの完璧さに少し違和感を抱いちゃうんだよね」
「違和感?」
「うん。本物らしすぎて、嘘っぽいんだ」
彼のその言葉は、もしかしたら核心をついているのかもしれない。それが一体なんの核心かなんてわかりっこはないが。
そんな俺の考えは知りもしないで、「まぁかわいいからオールオッケーだけど」と三山はにやにや笑った。
「じゃあ三山」
考える前に、俺はそう声をかけていた。
「お前から見て、綾乃はどう映る?」
「かわいい」
「そういう話じゃない」
「じゃあどういう話だよ」
そう訊かれても逆に困る。俺が訊きたかったのは、俺を恨んでいたと言った綾乃が、俺に対してどういう風な感情をもっているのか、ということだった。だが、それを正直に言うわけにもいかない。
「……そうだなぁ。僕の私見でいいんだよね?」
「ん? あ、あぁ」
「じゃあ言わせてもらうと、彼女はとても良い人間だよ。空気が読めて、自分の身の振り方もわきまえてる。教室ではほかの女の子たちとも仲良さげに話してたしね」
そういうことを聞きたかったわけじゃない。だが、それ以前に、俺はこう思った。
――こいつはなんて的外れなことを言っているのだろう、と。
綾乃が空気を読む? ほかの女子と仲良く? それらの言葉は俺から言わせると、この世で最も彼女に似合わない。
だが、三山は俺を真正面から否定した。
「あ、だけれど、それが当てはまらない時もある」
「聞かせてくれ」
「うん、いいよ。それは、君――圭人と一緒にいるときだ。今日一日で確信したよ。彼女は、君の前とそれ以外で別の自分を使い分けてるみたいだね」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。そんな俺を、三山は瞳の奥で嗤う。その表情は、眼帯をつけた彼にこそ似合うような気がした。
「つまり?」
「つまりも何もないだろう? 彼女は君にきっと嫌われたくないんだね」
俺から嫌われたくない。そう言われると、何かがしっくりとはまるような気もした。だが、どうして彼女は俺の前では態度を変えるんだ。それだけがわからない。
いや、違う。考えればすぐにわかることだ。
今までの俺の言動を顧みる。その中で、俺は何度も間違いを犯していた。
『変わっていない』
俺は彼女に何度この言葉をかけただろうか。そしてそれが、彼女を縛り付ける可能性があるとどうして気づかなかったのだろうか。ほとんど無意識に、俺は彼女に期待していたのだ。かつての虚像を、俺は彼女に押し付けていたのだ。
一人でいることを自ら肯定し、強く立ち続けるその姿。俺はかつて、それに憧れていたのだろう。だからそんな彼女が、変わっているはずがないと決めつけた。
そうだ。彼女は成長したんだ。変わらずに意地を張り続ける俺と違って、彼女は自分が特別でないと気づき、周囲と馴染む努力をしたのだろう。そして、このくだらない俺を見て、くだらない俺の意地に合わせようとまでしてくれた。
「……情けねぇ……」
急に、自分の心臓が小さくなるのを感じた。自分という存在が、ひどく矮小に見えた。だが、それを三山は笑う。
「圭人、そう思いつめなくていいと思うけど? 彼女はそれもまた楽しそうだったし」
「楽しそう?」
「うん、彼女は圭人といる時が一番楽し気だったよ」
その言葉に、一瞬心が救われたように思われる。だが、三山は「だけど」と言葉を継いだ。
「―――――――――」
その言葉の真意を俺は計りかねた。如何せん、俺は人間関係に関して経験値が不足しすぎている。だから、その言葉を理解できなかったのはしょうがないことだろう。すべては、俺が積み重ねてきた結果だ。
「……すまん、変なこと訊いた」
「ううん、僕こそ余計なことをしゃべってしまったよ」
「お前が余計なことをしゃべるのはいつもだろ」
「いつも?」
あぁそうか。放課後三山がしゃべり続けていたのは別の世界軸だった。
俺は「いや、なんでもない」と取り繕ってから立ち上がる。
「ん? どこか行くの?」
「ちょっと散歩」
きっと嘘だとバレていたに違いないが、すんなりと三山は俺を送り出してくれた。




