くだらない。
その後回った御苑内は素晴らしい景観だったが、どれもどこか寂しさを帯びている気がした。それが日本人の国民性なんて聞くこともあるが、それには少し共感する。
どうやらこの民族は、もう決して取り戻せないこの一瞬に価値を見出そうとする傾向があるらしい。
それは傍から見れば愚かなことかもしれないが、その性質はどうしようもなく愛すべきものではないかと感じられた。
御苑を去った俺たちはその後あえてバスは使わず、歩いて街を回った。ほとんどテンプレートにあてはめたと言っていいコースではあったが、今までに経験した修学旅行のような息苦しさはない。
その時間は俺にとって心休まる時間で、そこに旅行を楽しむという以外の感情は混じらない。
「圭人、どうしたんだい?」
買った抹茶アイスを舐めながら歩いていると、三山がそう話しかけてきた。
「どう、ってなんだよ」
「いや、気難しい顔をしてたから。何もないならいいんだ」
こいつは馬鹿だが、やはり周りは見えているらしい。一応班員だから、そうやって気を使ってくれているのだろう。あるいは他の女子に対する好感度稼ぎかもしれないが。
ふいに、眼帯をつけ嫌悪に満ちたその顔が彼のそれに重なった。
あいつと今目の前にいる三山は別人だ。俺のせいで実害を被ったためあの三山は俺へ罵声を浴びせた。それは自然なことだ。どんな善人だって自分に危害を与える対象には嫌悪感を覚える。
ならば。俺の奥底で自分が問いかける。もしまた、あの世界軸のように俺が原因で三山が害を受けたら。その時彼は、あの時のように俺をゴミ以下の屑として見下すのだろうか。
「……前の圭人をそう多く知ってるわけじゃないけど、君ってそんなにいつも険しい顔をしていたっけ?」
「もともとこういう顔だっての」
「あぁそれは無神経な質問だったよ。――というか」
三山はそこで一拍置いてから言葉を継ぐ。
「なんで昨日裏切ったのさ! あと少しで彼女たちの御姿が――いやなんでもないです矢代さんごめんなさい申し訳ありません」
「おぉ矢代、もっと睨んでやってくれ」
「言われなても! すっかり忘れてたけど、こいつには罪償いをさせないとよね」
あぁ言われてみればそうだ。こいつは女子の風呂を覗くという大罪を犯しかけた罪人だ。罪には罰を。それがこの世の摂理である。というかどうしてこいつは自分の墓穴を掘り返すのだろうか……。
「いや、僕はもう教師の前で罪償いは……」
「綾乃ちゃん、何かないかな?」
「そうですよね無視ですよね……」
三山が何か泣きながら言っているが、もちろん何も聞こえない。というか、だれも聞くわけがない。
「罪償い……あれなんかどう?」
綾乃が指さす先にあったのは、人力車だった。浅草やここ京都など観光地ではしばしば見かける、なかなかに風情のある乗り物だ。だが、いざ乗るとなると車夫の方にとても申し訳なく感じるのだろうな、とこれを見るたび俺は思っていた。
そこで、俺は綾乃のセンスに感嘆する。なるほど、確かに三山が引く人力車なら一切心は痛まない。むしろ必死で走る三山を見るのは胸がすく。
「一度乗ってみたかったの」
「うん! いいね、それにしよう!」
「え、いや、ちょっと? それってどういう……」
残念だ三山、もうお前に逃げ道はない。にやにやと楽しそうに笑いながら、矢代と綾乃が三山の手を取る。いつもの彼なら泣いて喜ぶシチュエーションだが、今の彼は違う意味で泣いていた。
「よかったな三山。両手に花じゃねぇか」
「このシチュでは一切嬉しくないんですが!?」
言い切るや否や、三山はずるずると人力車の前まで運ばれていった。さぁ、楽しい市街観光の再開だ。
と、俺もそこそこに楽しみではあったのだが、話を聞くと人力車に四人は乗れないらしい。三山に車夫をさせてもらえるようになっただけでありがたいのだから、それ以上には文句を言えず、結局俺たちは二台車を借り、一つには御者さんをつけてもらった。
「それじゃあ、私と圭人があっちに乗るよ」
したがって生じるのが、誰がどこに乗るのか、という問題。それを全員が意識しだしたとき、綾乃が当たり前のようにそう言った。
「は?」
「え、別にいいけど……」
俺と矢代が並んで困惑する。あまりにも唐突で、自然なその言葉に虚を突かれたといってもいい。しかし、それに反論したりする必要も特にないので、俺たちは黙ってそれを了承した。
「ありがと。じゃあ乗ろ、圭人」
綾乃はそう言って、一瞬だけもう一人の彼女を見遣った。その先で彼女は、特に感情を表すこともなく無表情だった。
いや、普段穏やかに笑っている彼女だからこそ、その無表情は異質だったのかもしれない。
「あぁそれじゃ、せいぜい頑張れよ、三山」
「なんでにやにやしてるんだよ、圭人……。もういいけどさ……」
諦観じみたつぶやきを残して、三山はおとなしく車の舵棒を握った。それに続き、矢代がこちらに手を振ってから乗り込む。
「じゃあ、二条城でまた会おうね」
「あぁ」
そして最後に「どうかお気をつけて」とメイドが一礼して乗り込んでいった。
ふんぬっ、へいやっ、と妙な掛け声を揚げながら人力車三山号は進んでいく。その後ろ姿を見送ってから、俺と綾乃も自分たちの車に乗り込んだ。




