少しの憧憬
「突然出ていったと思ったら、こんなとこに……」
突然そんな声がしたと思ったら、扉から矢代が入ってきていた。目が合ったその瞬間はほっとしたような表情を浮かべた彼女だが、すぐにそれは呆れと疑惑の入り混じった微妙なものへとフェードしていく。
「ていうか、圭人くん……浮気?」
「誤解だっ!」
思わず勢いでツッコんでしまったが、誰とだよ……。もしかして、あのメイドと?
「なに? あんたあの子と付き合ってるの?」
驚いた、とでも言いたげな目で綾乃がこちらと矢代を見比べていた。いや、そんなわけないって見てわかりませんかね。
「馬鹿言え。どれだけ背伸びしても俺には捕まえられない人種だよ、あいつは」
「そう言われると、女の子的に複雑だなぁ……」
何やら矢代が不満げだったが、その理由はよくわからない。しかしとりあえずは、俺が二人にお互いを紹介すべきか。
「矢代、こいつは夜神綾乃。俺とは小学校が同じで、いわゆる幼馴染ってところだ」
「本当に遺憾ながらね……。よろしく」
無愛想な彼女にしては珍しく、穏やかな笑みを浮かべて綾乃は矢代に挨拶した。それを見てから、俺は綾乃へ矢代の紹介をする。……遺憾ながら、という部分は聞かなかったことにする。
「んで、綾乃。こいつは矢代遥。この学校の副会長をやってる……のか?」
「そこは言い切ってもらえないかなぁ……。えっと、綾乃ちゃんって呼んでいいかな。矢代遥です。よろしくね」
だって俺は生徒会なんて全く関わりのない人種ですから、という言い訳は内心に留め、俺は二人が握手するのを見ていた。
しかし、女子はこうやって初対面でも相手の戦闘力を計ってそうで怖い。いや、この二人はそんな感じじゃないか。
「あ、そうだ。二人を連れ戻しに来たんだった」
「連れ戻しに?」
「うん。話し合いは全員いないと始まらないからね」
思い出したように矢代はそう言うが、その話し合いとは? まったく心あたりのない俺を見て、矢代は「やっぱりか……」みたいなジェスチャーをして、一言付け加えた。
「修学旅行の班決めだよ。もう来週だからね」
* * *
教室に戻ると、黒板にはもうすでに人の名前が所狭しと羅列していた。あれ、おかしいな。話し合いはみんなそろわないと始まらないはずじゃ……。
そう首をかしげていると、「遥ちゃんうちらの班に入れてたよー!」「綾乃ちゃんも、一緒の班にどうかな?」なんて声が聞こえてくる。矢代はわかるが、まだ一切接していない綾乃まで誘われているあたり女子はすごい。
結論。コンクルージョン。俺だけがどうやら、班決めでハブられたようだった。「あ、忘れてた……」みたいなクラスメイトからの視線が酷く痛い。
このクラスの人間たちは、かなり優しい奴らばかりだ。人と共にいることが俺にとって辛いことだと察して、行事の際は自然に一人でもできる仕事を斡旋してくれたりするし、休み時間も変に無理して話しかけてくるようなこともない。……あれ、よく考えたら、仕事を押し付けられて無視されてるだけじゃ……。
しかし、そんな俺を救ってくれた存在がいた。
「ごめん、私、圭人と一緒の班がいいんだけど」
綾乃が放ったその言葉は、クラスを一瞬で凍り付かせた。さらに言えば、ほとんどの生徒が俺のほうを向いた状態で凍り付いていた。
「……はい?」
「当然じゃない? やっぱり圭人みたいなのでも、面識がある人が一緒だとありがたいし」
そう言葉を加えて説明補足したらしい綾乃だったが、残念ながらクラスメイトにはほとんど何も届いていない。それをフォローするため、矢代が前へ出た。
「みんな、えっとね、綾乃ちゃんは圭人くんの幼馴染らしいの。だから、やっぱり転入したてだし不安なんじゃないかな」
さすが、カースト上位の人間は言うことが違う。大勢の前でも臆することなく、はっきりとわかりやすく言葉を紡ぐ姿は、コミュ障の俺から見ると感動ものだった。その甲斐あって、クラスの面々はなるほどね……などと言いながら緊張を解いてくれたようだ。
それを確認すると、矢代は小走りでこっちにやってきた。
「あ、圭人くん、私も同じ班に入れてね?」
「は、なんで。お前はほかのやつに誘われてたろ?」
「いや、まぁ、いろいろと、ね」
その『いろいろ』とやらに、俺のシャフトシフトが関わっているのか。そう尋ねようとしたが、その前に彼女はほかの女子へ断りを入れるためその場を去っていた。
もしかしたら、そのいろいろ、とは彼女が『監視者』である故、という意味ではないのだろうか。病室であの男が現れる直前、矢代はそんなことを言っていた気がする。
「……なぁ、浅田くん、いや、圭人氏」
突然に肩がとんとんと叩かれ、名を呼ばれる。そちらを振り向けば、商人よろしく手をすり合わせながらこちらに寄ってくる三山がいた。
「僕も、その班に入れてもらえたりって……無理かなぁ?」
思わず俺は、立ち尽くしてしまった。あの病室で、俺に対し罵言を浴びせたあの三山。その人物と目の前のこいつは違う。だが、その姿形は全く同じ。覚えず、俺はこぶしを強く握りしめていた。
「……おーい、聞いてる?」
「あ? あぁ」
しかし、この世界軸の三山はほとんど俺と関わりがないはずじゃないのか。どうして、俺と同じ班なんかに。……あぁ。答えは決まってるか。
「……お前、女に見境ないとか言われたことないか?」
「なんで突然僕ディスられてるのかなっ! つい昨日言われたけどっ!」
言われてるのかよ。というか昨日かよ。やはりどうやら、この三山は矢代と綾乃目当てだったらしい。
それに対するツッコミは置いておいて、隣の綾乃を見る。
「どうする?」
「私はこんな奴嫌だけど、圭人と遥がいいって言うならいいんじゃない?」
「なんで僕、初対面なのにそんな嫌われてるのかな……」
泣き崩れる三山は放っておいて、俺は帰ってきた矢代に尋ねてみる。その隙に三山は、ちゃっかりと綾乃に自己紹介なんてしていた。
それで、矢代だが。
「別にいいんじゃない?」
と、いうのが彼女の回答だった。ちなみに、綾乃に挨拶を済ませほくほく顔だった三山は、ぬけがけだとか異端審問だとかでほかの男子生徒からリンチにされている。冥福を祈ろう。
しかしほかの班はほとんど五人か六人だ。大して、うちはまだ四人。となると、もう一人クラスの誰かを引き抜きこの班に入れないといけないのか。しかし、そんな俺に矢代は
「それについては、私に任せて!」
と自信ありげにサムズアップしていた。
「どういうことだ?」
「まぁ、悪いようにはしないから安心して。きっと楽しい修学旅行になるよ」
そんな意味ありげなセリフで、修学旅行の班決めは幕を閉じた。結果この班のメンバーは、俺、三山、矢代、綾乃、加えて矢代が連れてくるというもう一人、ということになったらしい。
だが、いつぶりだろうか。まともに、知人と言える人間とこうやって行動を共にするのは。自分らしくないとわかっていながらも、一週間後の今日に、わずかながら胸を躍らせてしまっている俺がいた。




