裏と表
時は過ぎて昼休み。今日も俺は静かな外階段で優雅なランチタイムをたしなんでいた。ちなみにメニューはサンドイッチ。しかもその種類もサンドイッチ界で人気の双璧を成す、卵サンド&ハムレタスサンドだ。さすが、うちのメイドはわかっている。
一人でも幸せ満点な昼休みに頬を綻ばせていると、すぐそばの扉が開いた。
「あ、本当にこんなところにいた」
そこから顔を出したのは、きれいな黒髪を流す少女。夜神綾乃だった。遅れてその後ろからはもう一人、矢代遥もやってくる。
「どうしたんだ、こんなとこに」
「もちろん圭人くんに会いに来たに決まってるじゃん。ねっ?」
尋ねる矢代に、綾乃は小さく頷いた。そしてそのまま何も言わず、俺の一段下に腰掛ける。続いて矢代もその横へ。
「いや……まじでなんだよ」
そう言うと、綾乃は目をしかめてこちらに振り向いた。その顔は、昔よく見た覚えがある。
「そんなに嫌なら私たち戻るけど」
「いや別にそんなんじゃないけど……」
俺がそういうと、綾乃は「そ」と短く言って、弁当を広げだした。その中身がカラフルでやけにかわいらしいことは、あえて言葉にすることではないだろう。
しかし、この二人がそろって教室から姿を消したとなれば恐らく小さな騒ぎになってるに違いない。昼休みは彼女たちと一緒にいたい、なんて思っていた連中はいくらでもいるだろうから。特に転校したての綾乃は。
俺もそういう連中を同じかどうかって訊かれたら、それはまぁ肯定するだろう。だが、カースト最底辺の俺なんかがこいつらを独占するような形になるのは、どうにもきまりが悪い。
「……圭人、いつもこんな場所で昼食を摂ってるの?」
「悪いか」
「いや、あんたらしいなって。やっぱり変わってない」
つまり、俺はぼっちである状態がノーマルなのか。ほう、なかなかに面白いことを言ってくれる。……まぁ今までの人生を顧みるとそれは事実なような気がするのだが。あれ、ものすごく悲しいことを自分で言っている気がする。
「いいなぁ……。変わったとか変わってないとか、そういう話ができるって素敵だよね」
妙に遠い目で矢代がそんなことを言う。それはまぁ、幼馴染がいる人間の特権ってやつだろうか。しかも、一回別れて再開を果たした幼馴染にのみ許される……って気持ち悪いです、俺。
「それはまぁ……そうね」
側から、呟くようなそんな声が聞こえた。そちらを見ると、綾乃がわずかに顔を俯けて手元を見ている。俺から見えたその頬は、ほんのりと朱に染まっていたような気がした。
風が心地いい。
安全上大丈夫なのかと心配になるほど細い手すりの向こうから、秋の風が穏やかに吹いてくる。それは二人の少女の髪を揺らし、遠い木々の葉を散らしていた。
校舎を挟んで反対側から、部活生の掛け声が小さく届く。それを聞きながら飯を食う自分がどこか青春っぽくて、また同時にそんなことを考えている自分が可笑しくって、俺は思わず吹き出していた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
尋ねてきた矢代に俺はかぶりを振る。
「この前読んだ本に、男が急に笑い出したらいかがわしいことを考えていた証拠だ、って書いてあったけど?」
「ひどい偏見だな、それ」
というか、何の本だそれは。俺たちのそんなやりとりを、矢代は笑って見ていた。……あぁやばい。なんだか恥ずかしい。
その矢代は、ふいに何かを思い出したようで表情が少し不安そうなものになった。
「あっ、そうだ。圭人くんにお願いがあるんだけど」
「ん?」
女子から頼みごとをされたなら、全力でそれに応えようとするのが男子だ。少しだけ体をこわばらせて俺は彼女の言葉を待った。
「えっと……今晩、圭人くんちに行ってもいいかな?」
「……」
今、なんと? いやいやいや、今この娘は何と言った。というかいや、あの、いや、おい、えっと……
落ち着け、俺。今の問いかけは、きっと俺が思っているようなことじゃない。順序立てて考えよう。
俺の家に来たいということは、彼女はいま自分の家に帰りたくない。
家に帰りたくないということは、きっと家族とうまくいっていない。
家族とうまくいっていないということは、寂しさを抱えている。
なら、俺が言うべき言葉は。
「……俺がお前の慰めになれればいいんだが」
「遥、この馬鹿を地面に突き落としてもいい?」
「んー、圭人くんなりに考えた末の答えなんじゃ、ないかな?」
呆れ顔の女子二人と、死ぬほど馬鹿な男がそこにいた。何言ってんだ俺は。
「そういう話じゃなくってね……」
* * *
「こんばんは、圭人くん」
「あぁ、らっしゃい」
七時になろうかという頃、矢代はうちに現れた。
当たり前だが、その服装は制服ではなく初めて見る私服だ。
落ち着いた色のカーデガンにチェックのフレアスカートを合わせた、ゆるふわなコーディネートだった。ファッションセンスにはあまり自信がない俺が言うのもなんだが、かなり似合っている。もちろん、口に出そうなんて考えもしないが。ちなみに、彼女は何やら紙袋を一つ持っていた。
彼女を部屋に通すと、台所からメイドが顔を出す。
「あ、メイド。話してた矢代だ」
「お待ちしておりました。どうぞゆっくりしていってください」
「うん、ありがとう。突然押しかけてごめんなさい」
「いえ、圭人様のお友達となれば、いつでも大歓迎です」
そこには、優しい世界が広がっていた。笑顔で挨拶をかわす彼女たちのそばに、俺がいることが申し訳ないとさえ思う。
それからメイドは台所へ戻り、俺は矢代とテーブルをはさんで座った。
「お前はあいつを知ってるのか?」
「うん、そうだね」
「別の世界軸で会ったことがある、って感じか」
きっと、いつかのどこかの世界軸ではメイドと矢代の面識があるのだろう。すべての世界軸で記憶を共有する矢代は、その記憶も持っているからメイドを知っている。俺でもわかる、簡単な話だった。
「それで? 今日は何しに」
「学校で言ったよ? 圭人くんちの晩御飯が食べてみたい、って」
「そりゃどうせ建前だろ?」
そう言うと、彼女は秘密めかして笑った。
「私、圭人くんが作るごはんが食べたいな」
最近人と少ししゃべるようになって、建前と本音の区別、加えて言葉の真意を探る、という技術を俺は覚えた。
つまり、矢代は『俺ではなく、メイドに話があってきた』と。だから邪魔ものな俺は、この場から消えて料理でも作ってろ、ということらしい。言葉の裏をちゃんと読める自分が素敵すぎて惚れそうだ。
「はいよ……。メイド、今日は俺が飯作るよ。こいつの相手してやっててくれ」
「え? はい、わかりました」
台所に入って、メイドのあとを引き継ぐ。材料から見るに、彼女はハンバーグを作ろうとしていたらしい。肉をこねるところまで終わっているようなので、あとは丸めて焼くだけか。
作業を始めると、矢代とメイドの話し声が耳に届く。時々笑い声なんかも聞こえていたし、メイドの声は心なしか弾んでいたのでそう深刻な話をしていたわけではないらしい。
耳をそばたてながらひき肉を丸め、野菜を洗い、スープを作って、肉を焼く。そして気づいたら、ハンバーグのワンプレートが三皿出来上がっていた。我ながら、見た目はかなり良い出来だ。
「飯できたぞー」
俺がちょうどそう言うのと同時だった。ピンポーン、という間の抜けた音が、家に来客があることを報せた。嫌な予感がする。
「やっほー、圭人氏!」
「おじゃまします。……いい匂い」
どうやら、俺の予感は当たったらしい。




