第20話 早く終わる人を呼ぶ
東四区からの要請が来た時、俺は昼飯を食べ終えたところだった。
「今日は担々麺あるじゃん」
「昨日逃した分だな」
早瀬さんが向かいで生姜焼き定食を食べている。
「別に昨日の分が残ってたわけじゃないけど」
「気持ちの問題だ」
「それなら昨日食べたことにしてもよかったのでは?」
「何でそうなる」
ようやく食べられた冷やし担々麺は、期待していたほど辛くなかった。
でも普通にうまい。
それで満足していたところへ、業務端末が震えた。
画面を見る。
『臨海工業地区・東四区』
『荷役区画・安全扉動作不良』
『現場確認支援要請』
「また?」
俺が言うと、早瀬さんも自分の端末を見た。
「お前、もう向こうに住所移せよ」
「絶対嫌だ」
「食堂ないもんな」
「そこだけじゃない」
要請内容を開く。
負傷者なし。
設備側は停止済み。
緊急性は低い。
「これ、技術だけじゃ駄目なの?」
「安全扉の向こうに荷役設備があるから、異能使用区画の再開確認込みらしい」
「なるほど」
通知の下に担当が表示される。
俺。
早瀬さん。
技術支援一名。
「藤崎かな」
「お前最近知り合い増えたな」
「仕事だから」
「白瀬さん、倉橋さん、藤崎さん」
「何でヒロイン一覧みたいな言い方するの」
「ヒロイン?」
「いや、今のなし」
自分で言って意味が分からなかった。
早瀬さんもよく分からなかったらしく、普通に担々麺の残りを見た。
「食ってから行けよ」
「もちろん」
「そこは急がないんだな」
「負傷者いないし」
「そういう判断だけはまともなんだよな」
「だけって何」
十五分後。
俺たちは東四区へ向かった。
技術支援は藤崎ではなく、別の男性職員だった。
少しだけ珍しいと思った。
それだけ。
毎回藤崎が俺の装備や現場へ来るわけじゃない。
向こうにも仕事がある。
東四区へ着くと、荷役区画の前に緒方さんがいた。
「ありがとうございます」
「状況お願いします」
早瀬さんが先に聞く。
「安全扉が閉まったまま復帰しなくなりました。作業員は全員外へ出てます」
「異能使用は?」
「停止後はなしです」
「原因は?」
「保守が見てます」
緒方さんは俺たちを奥へ案内する。
荷役区画。
黄色と黒の縞が入った大きな安全扉が閉じている。
向こう側には搬送ライン。
誰もいない。
保守担当が操作盤を開いていた。
「センサー?」
技術職員が聞く。
「たぶん扉側の位置検出です。閉鎖完了を拾えてない」
「手動解除できます?」
「できます。ただ、安全確認してからですね」
俺が見ても何も分からない。
「俺ら何すれば?」
「開放した後の区画確認」
早瀬さんが答えた。
「了解」
待つ。
十分。
十五分。
昨日までなら、待つ時間があると何となく動きたくなっていた。
今日は担々麺を食べた直後なので、わりと平気だった。
「鳴海さん」
緒方さんが隣へ来る。
「はい」
「これ、能力でどうにかなったりはしないんですか」
「扉ですか?」
「開けるだけなら」
安全扉を見る。
「多分、力入れれば動かせると思いますけど」
「じゃあ」
「やらないです」
緒方さんの口が止まった。
「壊れてる理由分かってないので」
「でも保守の人も、位置センサーだろうって」
「だろう、でしょ」
「……まあ」
「開けた後、勝手に閉じたりしたら嫌じゃないですか」
「それはそうですね」
「人いないなら待てますし」
緒方さんは少し苦笑した。
「昨日と同じですね」
「何がです?」
「待てるなら使わない」
「そうですね」
「分かりました」
それだけだった。
緒方さんはすぐ別の作業主任のところへ行った。
作業主任が、
「あとどれくらい?」
と聞いている。
「分からん。保守待ち」
「第二便、また遅れるぞ」
「分かってる」
向こうにも向こうの都合がある。
二十分ほどして、安全扉は普通に復旧した。
位置検出センサーの取付位置が少しずれていただけだったらしい。
手動操作。
開閉確認。
警告確認。
全部正常。
「区画入ります」
俺と早瀬さん、それから技術職員で中へ入る。
異常なし。
残留危険なし。
能力使用なし。
十五分で終わった。
「じゃあ再開して大丈夫です」
技術職員が言う。
緒方さんが息を吐いた。
「助かります」
「今日これだけなら早く帰れそうだな」
俺が早瀬さんに言う。
「言うなよ」
「また?」
「最近本当に何か起きるから」
「偶然だって」
十一分後。
俺の業務端末が鳴った。
早瀬さんがこっちを見る。
「お前」
「俺じゃない」
東四区内の別区画だった。
『第三保管区』
『資材ラック傾斜』
『作業員退避済み』
『安全確認要請』
「同じ敷地内?」
「歩いて五分くらいですね」
緒方さんが言った。
「今日どうなってんだ」
本気で嫌そうだった。
第三保管区へ移動する。
大きな資材ラックが一列。
そのうち一台だけ、上段に積まれた箱が斜めになっていた。
倒れてはいない。
でも、このままフォークリフトを動かすのは怖い。
「何で傾いた?」
早瀬さんが聞く。
作業員が答える。
「下のパレットが割れてます」
「人は?」
「全員出しました」
「能力使用者は?」
「いません」
「じゃあ普通の設備事故か」
「たぶん」
フォークリフトを別方向から入れ直し、ラック周辺を封鎖する。
ここも緊急性はない。
俺は何もしない。
作業員が二人、離れた場所から箱の状態を見ている。
「これ人足りないな」
一人が言った。
「午後の搬送班から借りる?」
「向こうも止まってる」
「今日終わんねえぞ」
そんな会話が聞こえる。
緒方さんがスマホで誰かと話していた。
「いや、第二便だけじゃなく第三保管も……分かってます。人は増やせませんよ、今日言われても」
電話を切る。
額を押さえる。
「大変ですね」
俺が言う。
「見たままです」
緒方さんが笑った。
「能力使えば早く終わる仕事、結構あるんですけどね」
「あるでしょうね」
「でも今のルールだと、毎回記録、休養」
「事故あったばっかですから」
「分かってます」
声に苛立ちはある。
俺に向けたものではなさそうだった。
「鳴海さんみたいに、使った時は動ける人がうちにいたらな」
「後で外れますよ」
「でも目の前の一件は早く終わる」
「そうですね」
「それでも、か」
緒方さんはそれ以上言わなかった。
三十分後。
資材ラックの処理も終わった。
今日は能力を使わない。
そう思っていた。
帰りの車へ向かう途中だった。
倉庫の外周通路で、警告音が鳴った。
「何?」
振り返る。
高い位置を走る搬送レール。
その上を、小型の荷物コンテナが流れている。
一台が途中で止まった。
後続も停止する。
それだけなら問題ない。
でも最後尾の一台だけ、停止位置を越えて進んだ。
「止まってない!」
作業員が叫ぶ。
レール終端。
その下に保守担当が一人いた。
気づいていない。
「下!」
俺が叫ぶ。
男が顔を上げる。
コンテナが終端ストッパーへ当たる。
金属音。
止まらない。
ストッパーが歪む。
落ちる。
待てない。
走る。
距離は八メートルくらい。
位置。
踏み込み。
運動制御。
一瞬だけ後へ送る。
予定支払いは十七時前後。
男の肩を掴む。
「こっち!」
引く。
今度は体勢が悪い。
男がこちらへ崩れる。
俺も一緒に倒れそうになる。
出力までは借りない。
腰を落として、そのまま二人で横へ転がった。
直後。
コンテナが床へ落ちた。
中身は軽い樹脂部品だったらしい。
それでも頭に当たれば笑えない。
「大丈夫ですか」
「はい……」
「頭、肩」
「当たってない」
「俺も」
起き上がる。
「鳴海!」
早瀬さんが走ってくる。
「使った?」
「制御だけ」
「時間」
「十四時十六分」
「支払い」
「十七時前後」
「記録」
「分かってる」
端末を出す。
入力。
送信。
作業員が救護担当へ引き継がれる。
俺は普通に立てる。
普通に歩ける。
今は。
「鳴海さん」
緒方さんが来た。
「また、ですか」
「何が?」
「今のも能力」
「はい」
「反動は?」
「夕方」
「今日も?」
「今日も」
緒方さんが時計を見る。
十四時十八分。
「じゃあ、十七時頃からは?」
「多分、現場は外れる」
「それまでは?」
「今のところ普通です」
「……そうか」
短い返事。
早瀬さんが俺を見る。
「今日は戻るぞ」
「まだ二時間以上ある」
「だから何だ」
「今なら動ける」
「今使ったから戻るんだよ」
「別に即休養じゃない」
「片桐さんに聞け」
業務端末へ、ちょうど片桐さんから指示が入った。
『鳴海、帰投。午後は拠点待機』
「早いな」
「見られてるぞ」
「嫌だな」
緒方さんが画面を覗くわけでもなく聞いた。
「もう戻るんですか」
「はい」
「今は普通に動けるのに」
「この後外れる可能性あるので」
「……もったいないですね」
口から出たあと、緒方さん自身が少し止まった。
「すみません。変な意味じゃなくて」
「分かってます」
「現場側からすると、今動ける人が帰るの、どうしてもそう見えるだけで」
「そうでしょうね」
「でも後で動けなくなる」
「程度によりますけど」
「何時間くらい?」
質問が一つ増えた。
答える必要があるか考える。
「その日の使い方次第です」
「今日なら?」
「医療に聞いてください。俺も始まってみないと正確には」
「そうですか」
緒方さんは頷く。
「お疲れさまでした」
それで終わった。
車へ向かう。
早瀬さんが隣を歩く。
「今日、緒方さんよく聞くな」
「現場回してるからじゃない?」
「お前が何時まで使えるか?」
「一人減るなら気になるでしょ」
「まあな」
深く考える話でもない。
俺たちが帰った後も、東四区の仕事は続く。
人手が足りない。
納期が遅れる。
その中で、一人だけ短時間ならかなり動ける人間が来る。
使えるなら使いたいと思うのは、別に変じゃない。
拠点へ戻った。
十七時まであと二時間半。
俺は内勤へ入った。
十六時五十二分。
予定通り、右足の位置が少しずれ始めた。
医療へ報告。
現場出動不可。
十八時半。
業務端末に東四区の作業終了報告が流れた。
『本日予定分 一部未完了』
『翌日へ繰越』
緒方さんが昼に気にしていた第二便も、全部は間に合わなかったらしい。
俺が残っていたら終わったかどうかは、分からない。
少なくとも緒方さんは、そういう計算をする仕事だった。




