4話:七福神の解散危機? 暇を持て余した神様の復活計画
「…………よろこんで」
静まり返った夕暮れの待合室。
死んだ目にプロの営業マンとしての偽りの光を宿し、掠れた声でそう答えた。
「おおっ! さすがは話の分かる人間じゃ!」
「これでわしらの大いなる計画も一歩前進じゃな!」
ここで彼らを無下に断り、最終的に信仰心を完全に失って「無職の求職者」として窓口にやってくる最悪の未来を想像すれば、今のうちに手を打っておくべきなのは間違いない。
僕は小さく深呼吸をして、胃の痛みを堪えながら口を開いた。
「……それで、お二方の仰るその『信者を爆増させる画期的な計画』というのは、具体的にどのような内容なんですか?」
僕が意を決して尋ねると、二柱の神様は顔を見合わせ、ドヤ顔で胸を張った。
(頼む……。まさか、天変地異を起こして人間を無理やり平伏させるとか、そういう非現実的で恐ろしい計画ではなかろうか……当たってくれるなよ!)
冷や汗を流す僕に対し、福禄寿様は威厳たっぷりに頷いた。
「うむ!」
「実はな、今は『計画を立てる事』が決まったところなんじゃ!」
「…………はい?」
(非現実的な計画すら、まだ何も無かったぁぁぁーーッ!!)
僕の心の中で、前職時代のトラウマがフラッシュバックした。
『君さぁ、とにかく売上を倍にするすごい企画を考えてよ。え? 中身? それを考えるのが君の仕事でしょ?』と、丸投げしてきたかつての無能な上司の顔と、目の前の神様たちの満面の笑みが完全に重なった。
僕はガクッと肩を落とした。
相手は元々、雲の上にいる存在。人間界の「企画立案」なんて泥臭い作業をしたことがないのだ。
「その……例えば、計画の中身が決まった後に僕を呼んでいただき、その際にお手伝いをする、というのはいかがでしょうか」
やんわりとお引き取りを願おうとした僕に対し、寿老人様がポンッと手を打った。
「なるほどのう! つまり、お主がわし等の立てる計画を最初から最後まで実行してくれるというのじゃな」
(違う! そうじゃない!!)
このまま後回しにして彼らに任せておけば、「よし、ではお前が全部やれ」と状況がさらに悪化する未来がハッキリと見えた。
僕は深くため息をつき、腹を括った。
「わかりました……。こちらからいくつか提案をしますので、まずは色々試しながら、トライアンドエラーでやってみませんか?」
◇
いつまでも職場の待合室に居座っていると、見回りに来た警備員の方に迷惑がかかる。
僕たちは職安を追い出される前に、喫茶店へと場所を移した。
喫茶店のマスターである神様がオーダーを聞きにきた。
「うむ。わしは御神酒で」
「わしもじゃ。冷やで頼むぞ」
「あっ、ホットコーヒー三つでお願いします」
僕は光の速さで注文を勝手に変更した。
ただでさえ話が通じない相手に、これから計画を立てる中、酒など飲ませてなるものか。
しばらくしてコーヒーが運ばれてきた。
コーヒーを一口飲み本題に入る。
「最初に、前提条件を確認させてください。他の七福神のメンバー――大黒天様や弁財天様たちは、お二人がこうして復活計画を立てていることをご存じでしょうか?」
「知るわけなかろう。先ほど、二柱で決めたところじゃ」
(まぁ、これは予想の範疇だ)
「では、他の五柱の皆様に協力を仰いだら、力を貸していただけるでしょうか?」
僕がそう尋ねると、神様たちは「「う~ん……」」と顔を見合わせて黙り込んでしまった。
「内容にもよるが、まず無理じゃろうな」
「そうそう、あいつらはピン(単独)で忙しいから、断るじゃろうて」
寿老人様がしょんぼりとした声でこぼす。
話を聞けば、恵比寿様や大黒天様は商売繁盛や豊漁で引っ張りだこ。弁財天様に至っては、音楽や芸能の神としてアイドルやクリエイターからの信仰が絶えないらしい。
僕はガクッと肩を落とした。
「えっと、では目標の再確認をさせてください。『七柱全員で集まって宝船に乗り、七福神全体で再ブームを起こす』が目的でしょうか? それとも純粋に『お二方が敬われて忙しくなること』が目的でしょうか?」
「……後者の方じゃ」
「おっ、おい。それは少しあけすけ過ぎんか」
「ええんじゃ。神は嘘をつかん」
(やはりそうだろうな。結局、チヤホヤされて忙しくなりたいだけか……)
顎に手を当てて考える。
現代の地球でも、彼らのニーズは薄い。目に見えない「健康」よりも、即物的な「お金」や「娯楽」のご利益の方が求められやすいからだ。
「ちなみになんですが、お二方が信者に『長寿』以外の新たなご利益……例えば金運などを授ける事は可能でしょうか?」
「それは無理じゃ。わし等が行く世界での役目は、既に決まっておる。 今から新しい力を得ようにも、その他の権能の枠は既に他の神々で埋まっておるじゃろう」
(……ん? 絶望的かと思ったが、今の会話に少しだけ解決のヒントがあったぞ)
しばらく頭の中で考えをまとめることにした。
「分かりました」
真剣な顔で二柱の老人を見つめた。
「それでは、お二方には……別世界にて、アルバイトをしていただきます」
「「……は?」」
キョトンとする二柱の神様を前に、僕は自信を持って頷いた。
僕が整理している求神資料の中には、永続的にその世界を管理する案件だけでなく、「短期契約」や「双方合意の延長契約型」といった、いわゆる派遣やアルバイトのような求神もあった。
それらは、絶対的な権力を欲しがるほとんどの神様が求める条件とは異なるため、誰の目にも留まらず、塩漬けされたままいくつも眠っているのだ。
だが、今回はそれがおあつらえ向きだった。
地球のように文明が発展し、医療が育ちきった世界では、目に見えないご利益よりも、芸術や趣味、金銭等の目に見えるご利益がありがたられてしまう。
しかし、まだ文明が発展途上の世界――例えば、病や怪我が日常茶飯事であるファンタジーのような世界に住む者からすれば、「長寿」「長命」「健康」「幸福」といったご利益は、何よりも求められるご利益なのだ。
さっそく先方に連絡を取り、福禄寿様と寿老人様、二柱を紹介する打診をしたところ、先方から二つ返事で『ぜひに!』と興奮気味な回答があった。
どうやら、あちらの世界では深刻な人手(神手)不足らしい。
トントン拍子で面接日の予約を取り付け、二柱に先方から良い返事をもらえたことと、面接日を伝えた。
「でかしたぞ人間よ!」
「あぁ、これからまた忙しくなるのであれば、わし等も安泰じゃ!」
二柱は子供のように手を取り合って大喜びした。
自分たちの「健康」と「長寿」の力がこんなにも必要とされている世界があるという事実が、すり減っていた彼らのプライドを大いに満たしたようだ。
「よし! この際、わしらは七福神を脱退するか! 向こうの世界で『二福神』としてデビューじゃ!」
意気揚々ととんでもないことを言い出す神様に対し、僕は慌てて首を横に振った。
「いえ、それは絶対に止めてください!」
僕の勝手な提案で、地球からメジャーな神様が完全に減ってしまうのは申し訳ない。それに、七福神の歴史に与える影響がどうなるのか、一介の人間である僕にはまったく読めなかったためだ。
(それに、残された五柱で『五福神』になるのも、なんだか語呂が悪すぎるし……)
あくまで「出稼ぎのアルバイト」という名目で説得を済ませ、なんとか無事に解散する運びとなった。
「人間よ、世話になったな。後日、礼をしてやろう」
「うむ、ありがたく受け取るのじゃぞ」
帰り際、二柱は杖をつきながら、頭を捻って何か礼を考えているようだった。
そして、名案を思いついたようにポンッと手を打ち、満面の笑みで僕に告げた。
「そうじゃ! 特別に、お主を『不老』にしてやろう!」
「お気持ちだけで……その、勘弁してください……」
地球に帰って普通の人生を全うしたい僕の目は、また完全に死んだ。
◇
翌日、いつものように出社し、求神資料をまとめながら一息つく。
(昨日は散々な目にあった。けど、七福神を解散せずに、双方納得いく職場を紹介できた)
僕は肩の荷が下りたと、腕を回して自分を労った。
そこにアテナ課長が後ろから声をかけてきた。
「聞いたわよマキムー、あんた、あの爺たちの面倒を見てくれたんだってね」
「あははは……耳が早いですね」
僕は乾いた笑いで答える。
「そんなあなたにぴったりの新しい仕事があるのよ。午後一に会議室に来てね。そこで詳しい業務内容を伝えるから」
「……はあ。承知いたしました」
ひらひらと手を振りながら去っていく課長の背中を、僕は死んだ目で見つめた。
(また……どうせ碌でもない雑用か、他の職員が嫌がったクレームの押し付けだな)
重いため息と共に胃の痛みを飲み込み、僕は手元の案件整理へと意識を戻した。
◇
そして午後。
指定された時間通りに3階の小会議室に向かうと、重厚な扉の向こうに先客がいた。
部屋の隅に、巨大な影が縮こまるように座っている。狼の頭部を持つ銀毛の巨漢——12番窓口担当のフェンさんだ。かつて神々すら喰らい尽くした伝説の『真狼』らしく、この南支店における最大級の危険神物である。
(うわぁ……一番関わりたくない神と二人きりか……)
内心で引きつりつつも、僕は表面上は完璧なビジネススマイルを張り直し、「失礼します」と声をかけて席に座った。アテナ課長が来るのを静かに待つことにする。
しかし、隣からの圧迫感が凄まじい。フェンさんは腕を組み、ギラギラと黄金色に光る野生の目で、じーっと僕のことを見つめていた。
耐えかねた僕は、引きつった笑顔のまま口を開いた。
「あの……何か僕の顔についていますでしょうか?」
「いや……いつ見ても旨そうだなと思ってな。ガハハハッ、冗談だ!」
フェンさんは鋭い牙を剥き出しにして豪快に笑った。部屋の空気が振動する。
「や、やめてください! 冗談でも笑えませんから!」
「まぁ、旨そうなのは本当だがな」
フェンさんは鼻を鳴らし、組み上げた太い腕にぐっと力を込めた。
「それより人間。お前、よく毎日あんな風に神々から罵倒されて、平然と笑顔でいられるな。俺なら一秒で首を噛みちぎっているところだ。何か肉体を麻痺させる呪いでもかかっているのか? それとも、怒りを感じない異常者なのか?」
フェンさんの言葉には、純粋な疑問とほんの少しの呆れが混ざっていた。
僕は苦笑いを浮かべた。
(同じ土俵に乗るから腹が立つんですよ。いや、フェンさんの場合は相手より先に土俵に上がるからですよ)
そんな本音を喉の奥で飲み込み、僕は営業マンとしての回答を口にした。
「いえ……怒られても、相手の求めている本当の要望がどこにあるのかを冷静に見極めるのが僕の仕事ですから。お客様が何に困っていて、何を欲しているのか。それを見抜いて、お互いが妥協できる着地点を調整する……ただそれだけですよ」
「ふん……理解できんな。奪うか与えるか、殺すか生かすかだろ、世の中は」
フェンさんが呆れたように息を吐き捨てた、その時だった。
(……だからあんたの窓口はアクリル板が割れるんだよ)
極端すぎる神様の思考に、僕が心の中で深いため息をついていると、ガラガラッと勢いよく会議室のドアが開いた。
「待たせたかしら?」
アテナ課長が手になにやら書類を持って入ってきた。
「さて、揃っているわね。それじゃあ、今回の特別業務について説明するわ」
アテナ課長は一人と一柱の前のテーブルに、一枚ずつ資料を滑らせた。
僕とフェンさんは顔を見合わせ、手元に配られた資料へと目を落とす。
そこには、太字でこう書かれていた。
『フェンに対する指導員として牧村サトルを命ずる。また、お互いをバディとし、片方がトラブルをおこした際は連帯責任とする。』
「……はい?」
僕は思考が完全にフリーズした。
隣を見ると、フェンさんの全身の毛細血管が浮き上がり、銀色の毛皮が逆立っている。
「おいアテナ……冗談だろ? この俺が……この矮小な『人間』に仕事を教わるだと……!?」
「ええ、本気よ。 フェン、あんた先週も怒りに任せて12番窓口のアクリル板を何枚も叩き割ったでしょ? もう備品代の予算がないのよ。だから、我が支店が誇るクレーム処理係のマキムーから、折衝術とアンガーマネジメントを叩き込んでもらうことにしたわ!」
アテナ課長は満面の笑みで親指を立てた。
「マキムー、フェンを立派な『温厚な窓口担当』に育て上げてね! 期待してるわよ~!」
「ちょっと待ってください課長!! 相手は神々を喰らう狼ですよ!? 食べられちゃいますって!!」
僕の悲痛な叫びが会議室に響き渡ったが、アテナ課長は「じゃ、よろしく~」と軽い足取りで部屋を出て行ってしまった。
残されたのは、殺気立つ巨大な狼男と、死んだ目をした一人の人間。
「……よろしく頼むぞ、『先生』?」
フェンさんがニヤリと牙を見せて笑った。
僕――牧村サトルは、遠い目をして天を仰いだ。地球へ帰るための道のりは、あまりにも遠く、そして険しい。




