3話:お客様は神様ですが、お客様でなくても神様です
既に読んで頂いていたいた方は大変申し訳ございません。
3話まで投稿させていただきましたが、文章の繋がり、単語・主観の統一を行うため、全体修正を行いました。
全体の内容に変更はございません。
新しい話を加筆しているのは、3話以降となります。
「——以上! 今日も一日、プライドの高い無職どもに舐められないよう、毅然とした態度で接するように! 朝礼終わり!」
パンパンッ、と乾いた手拍子が響く。
支店長代理兼課長であるアテナの雑な朝礼を聞き終わると、天井のスピーカーから陽気でシュールな音楽が流れ始めた。
『さあ、みんなで踊ろう! 神様体操第一~!』
フロアにいる職員たちが一斉に散らばり、体操を始める。
背中の六枚羽を羽ばたかせて跳躍する天使ミカ。巨体をくねらせて勝手に柔軟運動をする狼頭のフェン。そして、見よう見まねで体操をする僕。あまりにもカオスな光景だが、これが南支店の毎朝のルーティンであった。
体操が終わり、自分のデスクへと着くと、隣の席から不機嫌そうな声が飛んできた。
「主任、今日は水の日ですよ! あの生贄要求ジジイに紹介する世界、ちゃんと準備できたんですか!?」
声をかけてきたのは、4番窓口担当の天使・ミカちゃんだ。金髪のツインテールを揺らし、ジト目でこちらを睨みつけている。
今日もミカちゃんはぷりぷりだった。
僕はぎこちない営業スマイルを作り、ミカちゃんに成果を提示した。
「大丈夫だよ。ちょうど良い案件が西支店に余っていたから貰えたんだ」
そう言って、一枚の求神票をミカちゃんに手渡す。
ミカちゃんは半信半疑でそれを受け取り、記載された内容に目を通した瞬間、綺麗な青い目を極限まで見開いた。
「うそっ!? これって……複数世界を管理していた神様が、手が足りなくなって役所に降ろしてくれた超優良案件じゃないですかぁ! 募集をかければ即埋まるやつですよ!? あっちの西支店だって絶対に手放したくないはずの超人気求神ですコレ!」
「あははは……そうだね」
僕は乾いた笑いを浮かべながら、ミカちゃんの手からスッと求神票を取り返した。
ミカちゃんは信じられないといった様子で、僕の顔をまじまじと見つめる。
「ちょっと主任、どうやってこれ取ってきたんですか!? 西支店のあの意地悪な主任が、こんなお宝求神をただで渡すわけないじゃないですか!」
「あはは……まあ、いろいろとね」
僕の脳裏に、西支店で繰り広げられた壮絶な交渉劇が蘇る。
西支店の主任——高飛車な女神相手に披露した「スライディング土下座」。
さらに休日が丸一日つぶれる「西支店長の個人的な引っ越し作業(家具の搬入と清掃)」の約束。
極めつけは、「今度、休日のお買い物にお付き合い(実質荷物持ち)」という悪魔の契約。
それら全ての血と汗と涙の代償として、この一枚の求神票をもぎ取ってきたのだ。人間界での泥臭い営業回りに比べればマシ……と思いたい。
「ちょっと! なんで目を遠くにして黙るんですか! その裏技教えてもらうんだからね!」
しつこく問い詰めてくるミカちゃんを「企業秘密だよ」と乾いた笑いで誤魔化していると、始業を告げる甲高いベルの音が庁内に響き渡った。
「ちぇっ、時間か。……まあいいや! 今日のところは感謝しておきますからね、主任!」
めげないミカちゃんは捨て台詞を残し、パタパタと羽を揺らしながら自分が担当する4番窓口へと向かっていった。
「さて、僕も働きますか」
基本的にはクレーム発生時に「人間」という立場を利用して相手の毒気を抜き、頭を下げて嵐が過ぎ去るのを待つクレーム処理班が僕の主な仕事だ。だが、トラブルが起きていない平和な(といっても怒号は常に飛び交っているが)時間帯は、山のような事務仕事が命じられている。
今日も雑多に積み上げられた求神案件を、世界観や難易度ごとに分類・整理する作業を黙々と進めていると、背後から不意に気配が近づいてきた。
「マッキー、あんた今日もギリギリの出社だったわね。もう少し早く来られないの?」
振り返ると、そこにはアテナ課長が立っていた。
美しい紫色の髪を適当にお団子にまとめ、高級そうなドレスの上に羽織ったダサいジャージ姿。技能・職能の女神として数多の世界を繁栄させてきた元・偉大な神様だが、ある日「なんか急に飽きちゃった」という信じられない理由で担当世界を放り投げ、巡り巡ってこの南支店に都落ちしてきた傑物である。
彼女は僕のことを気まぐれなあだなで呼ぶことが多いが、その日の気分でコロコロ変わるため厄介だ。……前回は『マキマキ』、その前は『サトちん』だった。本当に統一してほしい。
「課長、すみません。そうしたいのは山々なんですが……早く出社すると、未だに僕を『ただの人間』だと蔑んで認めてくれない一部の職員からの目が痛いので……」
僕は丁寧な口調で、しかしハッキリと『早く来る気が一切ありません』という意思を遠回しに宣言した。早朝の誰もいない庁内で同僚の神々から嫌がらせを受けるのは御免である。
「全くもう。マッキーにもっとビシッとした威厳があればいいのに……まぁ、人間だものね」
アテナ課長は呆れたように肩をすくめると、わざとらしく頬に手をあてて「困ったわ」のポーズを取った。ちょっと可愛い。
(あっ、「困ったわぁ」って実際に口に出した。しかもすごい棒読みだ)
その時、大声で言い争う声が役所全体に響いた。
窓口を見回したが問題はどこにも見当たらない。
どうやら音の発生源は、フロアの隅にある「待合室」のほうらしい。
「マッキー! 行くわよ!」
待合室へ向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。
パイプ椅子が散乱する中、二柱の老人の姿をした元・神様が、お互いの胸倉を掴み合って顔を真っ赤にし、盛大に揉めていた。
一柱は極端に頭が長い、長い髭を生やした老人。もう一柱は立派な角を生やした白い鹿を従え、杖を突いたこれまた長頭の老人である。
僕は首をひねった。
(あれ……あの二柱、どこかで見覚えがあるような……誰だっけ?)
頭の中の神様図鑑を検索していると、アテナ課長がコメカミに青筋を立て、容赦ない怒声を浴びせた。
「福禄寿様! 寿老人様! なんで無職でもないあなたたちがここで喧嘩しているのよッ!」
アテナ課長の叫び声を聞いて、僕の脳内でパズルのピースがハマった。
(ああ……思い出した。正月にめでたい感じで並んでる、あの『七福神』のマイナーな方の二柱だ)
知名度の高い恵比寿様や大黒天様、弁財天様ならすぐに分かったのだが、この二柱は正直、一般人からすると区別がつきにくい。
「アテナよ! ちょうど良いところに来た、聞いておくれ!」
福禄寿様が自分こそが被害者であると言わんばかりに、長い頭を振りかざして高らかに声を張り上げた。
「こやつ、将棋の勝負でズルしたんじゃ! 飛車を裏返しで置いて、最初から龍として扱うという前代未聞のイカサマをしおったんじゃぞ!」
「ズルではないと何度言えばわかるんじゃ!」
すかさず寿老人様も負けじと杖を振り回して言い返す。
「ただの見間違いじゃ! それにこいつも負けて、周りの神々から指摘を受けるまで気づかなかったんじゃよ! うっかり見落としたこいつの自業自得、お互い様じゃろが!」
二柱の老人神は、まるで小学生のようなレベルの低い押し問答を繰り広げている。
アテナ課長は片手を額に当て、深い溜息をついた。こめかみを指で強く押さえながら、恐ろしいほどの低温ボイスで二柱を威圧する。
「……ズルでもツルでも何でもいいわよ。私が聞いているのは、なぜ無職でも求職者でもない現役の神様が、ここで油を売って喧嘩なんかしているのか、ってことよ!」
「「ぐっ……」」
課長の正論パンチを食らい、二柱は途端にしゅんと静まり返った。
そして、気まずそうにお互いの顔を見合わせると、
「おい! 理由はお前が言えよ!」
「いや、お前が言えよ! わしから言えるわけなかろう!」
と、お互いの肘をツンツンと突き合い、責任を擦り付け合い始めた。
その醜態に、ついにアテナ課長の忍耐の限界が訪れた。
「いい加減になさい!! 理由を言わないなら、強制的に次元の彼方へ追い出しますよ!!」
その言葉に本気度の高さを感じ取ったのか、観念したかのように福禄寿様が長すぎる頭を垂れ、ポツリと話し出した。
「……わし等の出番ってな、他の五柱と違って、年に一回くらいしか無くて暇なんじゃ……」
「そうなんじゃ……」
続けざまに寿老人様も、悲しそうな目で遠くを見つめながら告白した。
「それに、最近はその貴重な年一回すら怪しくなってきてな……。正月の初夢のために、枕の裏に『七福神の乗った宝船の絵』を敷いて寝る信者が激減しておるんじゃ。おかげでますます暇で、やることもなくてな……」
(あー……確かに、最近の若い人で枕の下に七福神の絵を敷いて寝る人は滅多にいないよな。時代の波ってやつか)
僕は心の中でひっそりと二柱に同情の視線を送った。
だが、そんな神様の切実な事情など、アテナ課長には1ミリも響かなかった。
彼女の全身から眩いばかりの神威の光が放たれ、待合室の空気がピキピキと凍りついていく。圧力をかけるように、課長は恐ろしい笑顔で怒鳴り散らした。
「どうでもいいから! 暇ならうちの待合室以外で喧嘩しなさ~~い!!」
「「ヒィッ! す、すまんかったーーーッ!」」
眩しい光と圧迫感に耐えかねた二柱の老人神は、クモの子を散らすような素早さで、脱兎のごとく庁舎の外へと逃げて行った。
嵐のような喧騒が去り、静けさを取り戻した待合室。
(……なんだったんだ、一体)
◇
自分のデスクへと戻った僕は、気になっていた疑問を口にした。
「課長、あのお二柱は……その、たまにいらっしゃるんですか?」
こめかみを押さえながら、アテナ課長はゲッソリとした顔で答えた。
「ええ……今回で三回目よ。将棋盤を持ってきては勝手に待合室で対局して、負けた方が怒って暴れるの。本当にいい迷惑だわ」
「三回目……」
それは課長が激怒するのも無理はない。僕は過去二回の悲惨な現場を想像し、そっと目が死んだ。
しばらくして、お昼休憩に入ると、自分の窓口業務を終えたミカちゃんが、お弁当を持って僕のデスクへやってきた。
「聞きましたよ主任! またあのお爺ちゃんたちが来たんですね?」
「うん。アテナ課長が雷を落として追い払ってくれたよ」
僕は見たままの出来事を正直に伝えた。ミカちゃんは可哀想なものを見る目でお弁当の唐揚げを口に運びながら、ふと首をかしげた。
「でもぉ……あの二柱、このまま本当にお仕事(信者)が無くなったら、最終的にうちの窓口に『自己破産』して職探しに来ちゃうんですかね?」
「………………」
ミカちゃんの無邪気な一言を聞いた瞬間、僕の全身がピキリと凍りついた。
(た、確かに……! このままだと信仰心を失って役割を維持できなくなり、無職の元・神様として僕たちの窓口にやってくる可能性がある……!?)
ただでさえプライドの高い神々の再就職支援は過酷を極めるのだ。「年一回の出番すらなくなった長頭の老人神」二柱を、一体どこへ再就職させろというのか。考えただけで胃に激痛が走る。
「……ミカちゃん、不吉な予測をするのはやめておこうか」
「え~、だって現実的じゃないですか~」
引きつった笑いを浮かべながら、僕は朝に購入した日替わり弁当のご飯を口に押し込んだ。
昼休憩が明け、僕は山のような求神書類の整理に戻り、ミカちゃんは再び4番窓口にバトルしに戻っていった。
◇
そして夕方、定時を告げるベルが鳴り響いた。
「よし……今日は上がろう」
奇跡的に大きなトラブルもなく定時を迎えることができた僕は、久しぶりに残業をせずに帰宅する準備を始めた。
(……はぁ。思い返せば今日も散々だったな。フェンさんはついに怒りのあまり12番窓口のアクリル板を豪快に叩き割っちゃったし、ミカちゃんはミカちゃんで身勝手なお客さんと意見が合わなくて大喧嘩になってたし……)
アテナ課長から場を治めてこいと目線で合図されたことを思い出し、僕の目はいつものようにどんよりと濁っていった。
鞄を手に取り、退庁するために1階の待合室を通りかかった時のことだった。
「……ん?」
僕の足がピタッと止まった。
昼間、アテナ課長に怒鳴られて逃げて行ったはずのあの二柱――福禄寿様と寿老人様が、待合室の隅のベンチにチョコンと並んで座り、相変わらず油を売っている姿を目撃してしまったのだ。
(ゲッ……まだいたのか。関わらないようにしよう。深く考えず、このまま素通りだ……)
僕は存在感を極限まで消し、壁際をススス……と素早く通り過ぎようとした。
しかし、神様の目は誤魔化せなかった。
「おい、人間。お前……昼間、アテナと一緒にいたやつじゃな?」
声をかけられてしまった。
僕はガクッと肩を落とし、諦めて完璧なビジネススマイルを張り直して振り返った。
「はい。おっしゃる通り、職業安定所・南支店に勤めさせていただいております、牧村と申します」
深々と頭を下げる僕。
……しかし、二柱は無言のまま、じーっと僕のことを見つめてくる。
一秒、二秒、三秒……。
(……返事がない。気まずい。帰りたい。できれば今すぐに地球へ帰りたい……)
沈黙に耐えかねた僕は、ひきつった笑顔のまま恐る恐る尋ねた。
「……あの、何か僕に御用でしょうか?」
すると、それまで黙っていた二柱の老人神の目が、爛々と怪しい光を輝かせた。
「よくぞ聞いた、人間よ! 実はな、わし等二柱で話し合っておったのじゃ! このまま衰退するのを指を咥えて見ているわけにはいかん! 『七福神』を再び人間界で大流行させ、信者を爆増させる画期的な計画をな!」
「そうなんじゃ! その偉大なる復活計画だが……お前に『協力させてやる権利』を与えようというのじゃ! ありがたく思え!」
二柱は胸を張り、ドヤ顔で言い放った。
僕は、絶句した。
(協力する……権利? なんだその押し売りは……!)
断りたい。今すぐ「ノー」と言って走り去りたい。
しかし、ここで彼らの申し出を断り、彼らが落ちぶれて「無職の求職者」として窓口にやってきた時の地獄を想像すると、どちらがマシなのか分からなくなってくる。
視界が滲む。僕は涙が零れ落ちないよう、静かに天井を見上げた。
そして、死んだ目にプロの営業マンとしての偽りの光を宿し、掠れた声で答えたのだった。
「…………よろこんで」
こうして、しがない人間職員・牧村サトルの新たな苦難が、幕を開けたのであった。




