12話:天使創造の儀にメスを入れる
「アテナ課長に有給を申請するのを忘れないでくださいね」
そう言って僕は、居酒屋の個室の畳の上に置いた荷物を手に取り、席を立つ準備をした。
しかし、潤んだ目をしたミカちゃんが僕の袖をガシッと掴む。
「主任、それは話が違いますぅ! 『貸し』は何処にいったんですかー!」
ぐっ……! 「貸し」のことを正面切って持ち出されると、メンタルにはなかなかに辛いものがある。
おまけに、この殺伐とした神々の職場において、命の危機に瀕した時に物理的な結界で守ってくれる彼女は、防衛戦力としても非常に頼りになる存在だ。
今後も生き残るためには、ここで見捨てるわけにはいかない。
僕は盛大にため息をつくと、諦めたように姿勢を正して、再び座敷の席に座りなおした。
「ガブ様、事前にミカさんから伺ったのですが……現状の神界は天使が供給過多とのこと。その、新たな天使を創造する業務は、今の時代も本当に必要なものなのでしょうか?」
僕の隣でふてくされていたミカちゃんを尻目に、僕はテーブルの対面で静かに盃を傾けている大天使ガブ様に問いかけた。
ガブ様は律儀に、そして丁寧に答えてくれた。
「うむ。何かあってから準備するのでは遅い。常に一定の数を満たしておく必要があるのだ。……放っておくと天使は本来の業務を忘れて、勝手に別の事をしだす者が現れるからな。例えば、職業安定所で働きだしたりな!」
「だって……暇だったんだもん」
僕の隣から蚊の鳴くような声がボソリと聞こえた気がしたが、聞こえないふりをする。
まだまだこの世界の理不尽なシステムには分からない事がいっぱいある。
だが、ただ言われるがままに従うだけでは、いつまで経っても僕の「地球帰還予算」は貯まらないし、過労で倒れてしまう。
何か手がないか考えるにも、今の僕には知識が足りなさすぎる。
「差し支えなければ、その『天使を創造する業務』について詳しくお聞きしても良いでしょうか? ……これは、嫌がっているミカさんを少しでもラクにしてあげるための、前向きなご相談でもありますので、何卒お願いいたします」
僕が真摯な態度で頭を下げると、ガブ様は「よかろう」と小さく頷いた。
そう言ってガブ様が語ってくれた業務の全容は、想像を絶するほどアナログで、かつ非効率なものだった。
ところどころ神話に関する古めかしい言い回しが混ざり合っていて分かりにくいところもあったが、要約すると概ね三つの工程であることが理解できた。
これは、十年に一度のスパンで約五名の上位天使が選ばれ、儀式を行うというものだった。
そして、以下の順番で五名が同時に作業を行う流れらしい。
① 選ばれた上位天使が、神様が指定した神聖な土地から『聖なる泥』を自ら運んでくる。
② その泥を使って計三十体の天使の型を作り出す。
③ 神様に直接チェックしてもらう。
そして、神様チェックでOKが出れば、そこに聖なる力を注ぎ込んで終わり。
(途中でミカちゃんが、このチェックが中々通らないため時間がかかると不満げに補足してくれた)
なんやかんやで、平均して一ヶ月間は拘束されるらしい。
これも多忙な神様たちが中々捕まらなかったり、折角チェックを受けても『なーんか思ってたのと違うんだよなぁ、やり直して?』といった、ふんわりとしたニュアンスだけの対応により、②と③の無限ループが最大のネックになっているとのこと。
僕の頭の中で作られた神様のイメージが、地球での職場で散々理不尽な差し戻しを命じてきた「あの適当な部長」の顔で完全に固まった瞬間だった。
「ガブ様、もう一つ確認させてください。その上位天使の力が絶対に必要な場面は、最後の『力を注ぎ込むところ』だけ……これで、お間違いはないでしょうか」
一度目を閉じたガブ様は、深く考えこんだ。
やがて目を開けると、僕の真意を探るようにじっと見つめ、低い声で言い出した。
「それは合っているが、神様に直接謁見できるのも上位天使だけだ。下位天使に他の作業を任せたところで、結局は神様の審査待ちで時間を取られるのは変わらんぞ?」
僕は欲しい答えを完全に得て、内心でガッツポーズをした。
「問題ありません。そして上位天使であれば、暇を持て余している下位天使たちに対して、ある程度は自由に作業を命じる権利があるんですよね?」
そう言って、僕はすっと目を細め、ニヤリと笑った。
それから、僕が考え付いた「ある効率化の方法」をより深く話し合い、はじめは半信半疑だったガブ様も、話が進むにつれて「それならば良いだろう!」と快諾してくれたところで、その日の相談は終了したのだった。
◇
それから一ヶ月後。
ミカちゃんは一週間の有給を申請して、ついに「生の儀」を行いに旅立っていった。
――そして、ミカちゃんが有給を取得した翌週のこと。
問題なく、むしろ見違えるほど晴れやかな顔で、ミカちゃんは職業安定所の窓口に帰ってきた。
「主任! やっばい! 直ぐに終わっちゃいましたーー!! あっ、お土産の塩パンと砂糖パンです!」
ミカちゃんは機嫌よく、僕のデスクに紙袋をポンと置いた。
「ありがとうございます。無事に終わったみたいで良かったよ」
あの日の夜、僕が提案したのは、徹底的な「業務の外注化」と「プロセスの可視化」だ。
業務の①(聖なる泥の運搬)と②(型の作成)は、人手不足でヒマをしている下位天使たちに外注として一斉に投げた。
ただし、ただ働かせるだけではモチベーションが上がらない。
そこで、「神様に選ばれるような、よりクオリティの高い型を作り出した天使には、将来の昇進試験を受けるための上位天使からの『強力な推薦状』という名の餌」をぶら下げたのだ。
さらに、できあがった膨大な数の型を片っ端から高解像度の写真に収め、細かな特徴やバランスを記した詳細なデータベースを作成させた。
これによって、わざわざ現物を神様のところへ持っていかなくとも、手元のデータ一覧だけで事前の一次審査ができるようになったのだ。
ミカちゃんたち上位天使の五名は、ここ一ヶ月の間に下位天使たちが作り上げた「凡そ百体の型データ」から、資料を見ながら厳選会議を行い、最高傑作の三十体をピックアップして一気に神様チェックに挑んだ。
万が一、神様の気まぐれで一発OKが出なくても、型データは山ほどあるため、その場で即座に修正案を提示して再アプローチをかける。
その結果、今回はなんと「五度目のチェック」で、あっさりと全ての合格貰うことができたという。
「私、一度も自分の手を生々しい泥に触れることなく終わることができたので……もう、最高っっっでした!!」
上機嫌で天使の羽をブンブン振るような勢いのミカちゃんを見て、僕は思わず頬を緩めた。
「お役に立てたなら良かったよ」
「頼りになります主任! 同僚の上位天使たちも『この変更方法って考えたやついいじゃん!』って大喜びでしたから、私、主任のこといっぱい自慢して来ちゃいましたよ!」
ん……?
今の台詞の中に、非常に聞き捨てならない単語が混ざっていたような気がする。
「……えっと、ミカちゃん。上位天使たちに、人間がこのアイディアを出したことを、伝えちゃったの?」
「はいっ! 主任のお手柄ですから隠す必要ないですし! みんな『今度その人間に会ってみたい』って言ってますよー! あっ、そうそう、ガブ兄様から伝言なんですけど……『次は別の業務の相談もしたいから、今度また連絡する』って言ってましたぁー!」
その瞬間、僕の手から、大切に使っていた通勤用のバッグが滑り落ち、コツンと音を立てて床に転がった。
(……待ってくれ。神界のコンサルタントとして、僕のブラックな社畜人生がさらに悪化していく予感しかしない……!)
そろそろ、この神界のブラック職場を辞めて、転職を真剣に考える時期かもしれない。
牧村サトルの目には、じんわりとリアルな涙が浮かんでいた。




