10話:大アテナ祭の幕開け
頭を抱えそうになるのを必死で耐え、僕はダメ元で具体策を確認した。
「あ、あの……具体的な予算やプラン、実行にあたる人員の手配などは……?」
「必要があれば言ってみろ。できるだけ叶えてやろう!」
自信満々に胸を張るエリクさん。
(おお……? 意外と手厚いサポートがあるのか? ならば、国規模のイベント会社や予算を引っ張ってこられればあるいは……)
期待を胸に「では、動かせる資金と動員できる人員はいかほどでしょうか」と尋ねてみた。
「資金? 人脈? そんなものはないぞ!」
「……」
蓋を開けてみれば、予算ゼロ、人脈ゼロ、動員力ゼロ。
ただ「母上の名前がついたすごい祭りを作れ」という情熱だけが存在していた。
(どうしろって言うんだよ!! 丸投げもいいところだぞ!!)
顔は完璧な営業スマイルだが、心の中で叫び散らした。
「……承知いたしました。一旦案を持ち帰らせていただき、熟考いたします」
その日はひとまずお開きとなり、僕はフラフラとアパートへ帰宅する。
◇
翌日。
業務終了後、僕は自分のデスクで一人残業をしながら、自主的に書類を整理しつつ頭を抱えていた。
「ゼロから国を動かすようなイベントなんて、一介の元・営業マンに思いつくわけがないだろ……」
異世界で「新規の求神」を探してみるも、条件に合いそうな世界では、既に様々な神々の祭りが乱立している。
下手に新しい祭りをねじ込めば、他の神々の利権を侵すことになり、神間戦争の引き金になりかねない。
企画・調整・現地交渉・設営……一ヶ月後に開催なら、プランなんて今すぐにでも決定していなければ手遅れだ。
「……はぁ。仕方が無い、あの手を使うか」
僕は決断して、過去に担当した「ある案件」のファイルを引っ張り出す。
連絡を取ったのは、命が軽く、国同士の戦争が日常茶飯事として多発している、荒廃したとある異世界を管理する神様だ。
そう、以前僕が七福神の福禄寿様と寿老人様に『アルバイト』として紹介した、あの世界である。
『なんだね牧村君。また何か面白い提案かい?』
「はい、管理者様。双方にとって莫大な利益を生む、画期的な『神事』のご提案です」
何度も何度も条件を話し合い、双方の利害が一致するギリギリの落としどころを探っていく。
相手の世界の課題は「戦争による人口減少と生産性の低下」。
エリク様の要求は「アテナの名を冠した、永久に続く大成功の祭り」。
そして泥臭い交渉の末、まとまった企画概要がこれだ。
【大アテナ祭 企画書】
・ 四年に一度の頻度で開催する、全国家規模の神事。
・ オープニングでは聖なる炎を灯し、豪華絢爛なパレードと、家畜を供物として捧げる儀式を行う。
・ 国対国の代表者が、殺し合いではなく『様々な競技』で勝負を行い、一位から三位を決める。
・ 勝利した国は、神の加護を得て他国より政治的・経済的に優位に立てる。
そう、地球でいう『オリンピック』の模倣だ。
かつて地球の古代ギリシャで、戦争を中断して神に捧げる競技会を行った歴史をそのまま応用した、「殺し合いからスポーツへの代替戦争」システムである。
『そうそう、牧村君。僕へのツケが大分溜まっているんじゃないかい? そろそろ最優先で欲しい神材を……』
「管理者様。 『双方に利益』がある提案を飲んで頂きまして、誠にありがとうございました。では」
(さて、善は急げだ……!)
完成した企画書を抱え、僕は翌日の昼休みを利用して、ダッシュでアテナ課長の屋敷へ向かった。
呼び出しに応じたエリクさんに、僕は息を整えながら書類を差し出した。
「如何でしょうか、エリク様。これなら『命を無駄に散らさない神事』として民に崇められ、恒例行事として何千年も延々と続くと思われます。 僕の故郷である地球でも、少しずつ形を変えながらも半永久的に続いている歴史ある形式です!」
ドキドキしながら、エリクさんの反応を待つ。
エリクさんは企画書をじっくりと読み込むと、ニヤリと満足げに口元を歪めた。
「……ふむ! 面白いではないか! なかなか筋が良いぞ、人間!」
エリクさんはパンッと書類を叩いた。
「まあ、いいだろう! 合格だ! では我もその世界に国を興し、自ら選手を率いて勝者になるとしよう!」
(……待て、神様が直接介入したら企画が崩壊する)
「エリク様。そちらの世界には既に管理者の神様がいらっしゃいますので、直接の介入は神間トラブルの元となります。 後ほど、その管理者の神様をご紹介しますので、ルール作りは神同士で話し合ってくださいね」
もう好きにしてくれ、と心の中で嘆きながら、僕は死んだ目で答えた。
「うむ! 大義であったぞ、牧村!」
高笑いするエリクさんを背に、僕は脱兎のごとく職場へと走って戻った。
(……やっと終わった! もう絶対に、業務外のプライベートな仕事なんて受け付けないぞ! 絶対だ!!)
固く心に誓い、庁舎の扉をくぐる。
アテナ課長には詳しい経緯までは報告しなかったが、「息子さんのご依頼を無事に達成いたしました」とだけ伝え、見返りに暫くは無茶振りをしてくれるなと重々にお願いした。
ついでに、フェンさんとの『連帯責任バディ』も正式に解除してもらった。やったね!
アテナ課長はどこか申し訳なさそうに、苦笑いを浮かべた。
「牧村……すまなかったわね。でも、あの子の面倒を最後まで見てくれてありがとう。お礼に、また今度美味しいお酒でも飲みに連れて行ってあげるわよ!」
僕は間髪入れずに叫んだ。
「絶対に行きません!!!」
◇
それからというもの、南支店には束の間の平和が訪れた。
面倒な特別業務はなくなり、発生するトラブルといえば、窓口に来るプライドの高い元・神様からのありがちなクレーム対応くらいだ。
前職で培った折衝力があれば、こんなものは朝飯前である。
(……そんな理不尽なクレーム対応に慣れてしまった自分に気づいて、夜一人で泣いたこともあったが)
そして、待ちに待った終業のベルが鳴り響いた。
今日は月に一度の、待ちに待った『給料日』である!!
フェンさんを甘やかすのも既にやめており、彼が窓口で暴れなくなった後もストーカーのように後ろに引っ付き回り、立て替えていた飲み代と備品弁償費をバッチリ回収することにも成功していた。
ふとフロアの隅を見ると、フェンさんが困り顔でウズメさんに話しかけているのが見えた。
「ウズメよ……牧村が無表情のまま、ずっと背後から着いてきて怖いのだが……。別に害はないのだが、ジャーキーのこともあり強く言えなくてな……」
「知らないわよ、この馬鹿狼! 自業自得でしょ!」
ウズメさんに一蹴されているフェンさん。
そんなやり取りを横目に、僕はウキウキでカバンに荷物を詰めた。
(さて! 今夜は久しぶりに肉を買うぞ!! 豆苗でもジャーキーでもない、自分のための本物の肉だ!! じっくりタレに漬け込んでもいいけど、今日くらいはレアで豪快に齧り付きたい!!)
わっくわくしながら帰宅準備を進めていると、背後から遠慮がちに肩をツンツンと押された。
振り返ると、そこにいたのは窓口係の天使・ミカちゃんだった。
金髪のツインテールを揺らし、珍しくモジモジと俯いている。
「ミカちゃん、どうされました?」
いつもお世話になっているミカちゃんだ。
給料が入って気分が最高の僕なら、どんな悩みでも優しく聞いてあげられる。
すると、ミカちゃんは涙目になりながら、上目遣いで僕をじっと訴えかけてきた。
「主任……『貸し』って、溜まってますよね?」
「そっ……そうだね?」
フェンさんの研修で結界を張ってもらった件や、おにぎり(甘い&油)を貰った件など、確かに彼女にはいくつかの『貸し』があった。
すると、ミカちゃんは意を決したようにギュッと拳を握り締め、大きく深呼吸をした。
そして、真っ赤な顔で言い放った。
「じゃあ……付き合ってください!」
「……ぱーどぅん?」
夕方の庁舎に、僕の抜けきった声が虚しく響き渡った。
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