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刺繍に綴られた願い――二度目の時戻り、少しだけの勇気  作者: 赤城ハルナ


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刺繍に綴られた願いは

第三王子視点です。

「見落としがちではありますが、コマドリの羽の縁に文字が隠されております」


 品物の真贋を判定する鑑定士が、エレナ嬢から渡された刺繍入りハンカチを丹念に調べながら言った。


「文字?」

「隠されておりました文字は……『助けて』」

「えっ?」

「古語で『助けて』と」


「『助けて』……」

 しかも古語で?


「ありがとう。もう一度エレナ嬢に刺繍を頼んでみるよ。続きがあるのかもしれない」





 何日かたったあと学院でエレナ嬢を待ち伏せしたぼくは、早速次の刺繍を依頼した。


「まぁっ、わたくしに? 光栄ですわ、殿下!」


 媚びるような彼女の態度には辟易する。しかしこの笑顔のうしろに何が隠されているのか、『助けて』という言葉にはどんな意味があるのか確認しなければならない。


「ところでエレナ嬢、古語は得意ですか?」

「あの……はい、一応」

「そうでしたか。今回もこんな感じの刺繍を別の図柄でお願いしたいのですが。少々急ぎで」

「か、かしこまりましたわ。必ずや素晴らしい作品を持ってまいりますわ!」


 もの凄く勘違いされている気はするけれど、まぁいいか。あのメッセージのためだからね。


 エレナ嬢が自ら刺繍したとは思っていない。メッセージには刺繍した本人の意図が隠されているんだと思う。ぼくはそれを読み取らなければならない。





 数日後にエレナ嬢から刺繍入りのハンカチを渡された。

 またあの媚びるような笑み。

 キモチワルイ。


 今度は『屋根裏部屋』『助けて』という二つの古語が、薔薇の縁に銀糸で縫い込まれていた。

 エレナ嬢がこんな手の込んだことをするはずがない。彼女が『助けて』という文字を綴る意味はないのだから。

 ボウエン家の屋根裏部屋を調べなければならない。

 ぼくは側近たちに指示を出した。


「君たちにお願いがあるんだ。ボウエン家の屋根裏部屋に誰がいるのか調べてほしい」

「かしこまりました」


 翌日、側近から報告が上がった。


「娘がひとりおりました。年は十代半ばほど、黒髪で痩せてみすぼらしい感じでした。ただ、使用人ではなさそうです。屋根裏部屋から一度も出ませんでしたから。幽閉されているのかもしれません」

「……ということは、隠された存在? 庶子とか?」

「早急に助け出したほうが良いかと思いますが……」

「あぁ、そうだな。早速今夜実行しよう、手遅れにならない内に」


 その夜ぼくは、側近と王子宮付き護衛と共に、ボウエン家の屋敷へ忍んで行った。

 ボウエン伯爵は宮廷官吏をしているので、領地ではなく首都の屋敷に住んでいる。王宮から馬車で十分ほどかかるが、音を立てないように徒歩で向かった。


 今日は朝から嵐だ。黒い外套をかぶり、目立たないように屋敷に忍び込む。


 所々キャンドルの灯った屋敷は薄暗く、屋根裏部屋がある場所は明かりさえなかった。

 狭くて細い外階段を、護衛と共に屋根の上まで登る。雷の光に映し出され屋根裏部屋の中が見えた。

 床に倒れていたのは――薄汚れた紺色のドレスを着た、がい骨みたいな少女だった。


(あの黒髪は……見覚えがあるかもしれない……)


 窓を叩くと、だるそうに少女は起き上がった。

 窓ガラスを叩き割り外枠を取り外したら容赦なく雨が吹き込む。


『やあ、迎えに来たよ』と、ぼくは努めて明るく声をかけた。





 ボウエン家を調査した結果判明したのは、彼女は亡きキリアン子爵の娘だということだった。


 あぁ、そういえば……と、ぼくは思い出した。


 一年ほど前だったか、キリアン子爵家の屋敷が燃え、夫妻と息子はその際に亡くなった。ひとり助かった娘は、縁戚のボウエン伯爵家預かりになったのだった。

 その娘――グウィネス嬢は、ぼくの妃候補だった。


 伯爵家に引き取られてからのことは知らない。

 なぜなら……ボウエン伯爵家からの報告では、記憶喪失になったということだったから。

 王宮の侍医を派遣しても結果は同じだった。


 そんな訳で、妃候補は辞退ということになったんだっけ。


 キリアン子爵家は儀礼魔術師を輩出する家系だ。王宮での定期的な祈祷のほかに、重要な儀式や国が危機に陥った時などは特別な儀礼魔術を執り行う。

 そんなこともあって、グウィネス嬢が妃候補に選ばれたのだが……。


 彼女は小柄で黒髪の、子爵家令嬢ながら教養の高い少女だったと覚えている。妃候補では最年少で、学院には通っていなかった。だから交流お茶会でしか会ったことがなかったのだ。

 彼女は数カ国語を話す才女だった。刺繍、絵画、ピアノ、詩作、ひととおり出来ていたと思う。そのことをひけらかす訳ではなかったが、誇らしそうではあった。キリアン家は娘を学院へは送らず、独自の教育をしていたんだろう。

 この娘ならもしかしたら……と思ったことはあったかもしれない。


 けれども突然いなくなったから頭の隅に追いやった――もう妃候補ではないからと思って。


 ――はははっ、ぼくは何も見ていなかった、何も知ろうとしなかった。しかも、何も考えていなかったんだな。


 頭空っぽのアホ、単なる大馬鹿者。

次回はヒロイン視点に戻ります。

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