ハリボテ令嬢の焦り
『お嬢様』視点です。
一年前からボウエン伯爵家には気に食わない女がいる。
母の親戚、キリアン子爵家の娘、わたしの従妹。
両親と兄が亡くなったので、叔母にあたる母が仕方なく引き取ったらしい。
「旦那様に引き取れと言われたから迎えたけれど……記憶がないなんて、どうすればいいの? 単なる孤児じゃないの」と、迷惑そうに母は言う。
子爵家のくせに、領地もないくせに、特殊な技能を持つお陰で王家から重用されている一族。
その女はわたしの二歳下、ツヤツヤの黒髪が知的に映り、洗練された礼儀作法が美しいと周りから賞賛されていた。
それも気に食わないし、いかにも気取った所作も気に食わない。伯爵令嬢であるわたしの方が格上なのに。
しかもソイツは一年前まで第三王子の妃候補だったのだ。学院に通っていないくせに、殿下との交流お茶会で知識をひけらかしたりして。
わたしも候補のひとりだから、ライバルがひとり減ってラッキー。
父はお情けで引き取ったソイツを屋根裏部屋に閉じ込め、使用人以下にしか扱わなかったので、わたしもそうすることにした。
学院の面倒な課題をやらせると何でも器用にこなすので、全部まかせることにしたのだ。
一度刺繍をやらせたら、信じらんないくらい綺麗に仕上げた。
これなら使えるわね。
ボウエン家で養ってあげてるんだから、言うことを聞きなさいよ。
もうすぐ第三王子の誕生日祝賀会。
妃候補との交流お茶会があるから、プレゼントに刺繍入りのハンカチを渡そう。
愛想のない、会話も続かない、何を考えているのかちっとも分からない可愛げのない殿下だけど、しかも三番目のどうでもいい王子だけれど、まぁいいわ。
王族の仲間入りができたら素敵じゃない?
※
「このハンカチの刺繍、数日で仕上げなさい!」
わたしは屋根裏部屋のみすぼらしい女に命令した。コイツはいつもベッドで寝そべっている。怠け者なのよね。
「……はい?」
聞こえなかったの? 鈍臭い子ね。
「ほら、さっさとやりなさい。でないと今夜も夕食抜きなんだからね!」
バァン! と扉を閉め、薄暗い三階から降りた。あんなクモの巣だらけの汚らしい所、長居したくないわ。
二日後の夕方、ソイツから刺繍入りハンカチを奪い、殿下へのプレゼントにした。これであの無愛想男のハートを射止められたらいいな。
――そして第三王子の誕生日祝賀会、お茶会当日。
「殿下、これはわたくしからの誕生日プレゼントですわ、お受け取りいただけると嬉しいですわ」と、最高の笑顔で渡す。
「ありがとう」
やったわ、わたしのプレゼントだけを殿下が直接受け取ったわ!
「まあっ、見事な刺繍ですわね、エレナ様。コマドリですのね」
候補者たちが見とれているわ。あの鳥はコマドリというのね。
『ありがとうございます、皆さま』と、慈愛を込めた仕草で候補者一人ひとりに微笑む。
上手くいったわ。
薄汚いあの女のお陰でスケッチや詩やレポートの評価が上がって学院での評判も良くなったし、王宮への覚えもいいはず。
もしもわたしが王子妃になれたなら、ソイツを側仕えにすればいい。
一生こき使ってやるわ。ありがたく思いなさい。
※
こんな調子で、今日もソイツに宿題をやらせようとした。少しだけ脅せば言うことを聞くから。
「今夜はこの課題を仕上げてよ。明日の朝までなんだからね」
課題の内容はよく分からない。何でも有名な伝説についてだとか。
けれどもソイツは何もしなかった。翌朝取りに行ったら用紙は白紙のまま。
「ちょっと、全然出来ていないじゃない、使えない子ね! 食事は出ないわよ!」
ムシャクシャしたわたしはソイツを殴った。そしたら何も言わず床に倒れたじゃないの。目障りだから脇腹も蹴ってやった。
いい気味だわ、わたしの言うことを聞かないからよ。
――けれども課題は未完成のまま。
「一日だけ猶予をやるわ。明日の朝までには必ず仕上げるのよ!」
※
「エレナ・ボウエン嬢、課題はできていますか?」
その日学院へ行き、教室に入ろうとしたら、文学担当の教諭に呼び止められた。
マズイわ、明日が提出期限なのよね。
「あ、あの、もう少しかかりそうなのです。明日には必ず提出いたしますわ」
「期限は必ず守るように。分かっていますね?」
「はい……」
学院から帰るなりわたしは屋根裏部屋へ行き、ソイツを急かせたが、床に寝そべったまま起き上がろうともしない。
「明日の朝までにやらないのなら、当分食事は出さないわ!」
とは言ったものの、これでは何も進まない。
「お父様、屋根裏部屋の人が全く言うことを聞きませんの。何とかしてくださる?」
わたしは猫なで声で父に頼んだ。
父はアレのことなど少しも気にかけていないから、わたしから言い出さない限り何もしないのだ。
返って来た返事は思っていることと違った。
「エレナ、あんな娘は放っておきなさい。構うだけ無駄だ、ただのごく潰しなのだから」
「そうは言いましても……」
「お情けでここに置いているだけだ、関わらなくていい」
「……でも」
「話は終わりだ」
父はいつもこうだ。わたしのことなんて考えていない。妃候補にさえすれば王子妃になれるとでも思ってるの?
使えない、使えない、使えない。
何度も屋根裏部屋へ行ったけれど、ソイツは返事もせずに床に寝転んでいるだけ。
――どうしよう。このままでは、わたしが何も出来ないハリボテ令嬢だということがバレてしまう。
(仕方ないわ、仮病を使おう)
◆ ◆ ◆
それから何日たっただろうか。その日は朝から嵐だった。
晩餐の前に気を失ったかと思うと、なぜか記憶にある夕方――王子の誕生日祝賀会の数日前――に戻っていた。
わたしはソイツにハンカチの刺繍をやらせようとするところだったのだ。
(どういうことなの? なぜこんなことに? 頭が混乱するわ)
同じことがもう一度繰り返された。
◆ ◆ ◆
そして再び時は戻り、三度目の第三王子誕生日祝賀会。
妃候補との交流お茶会。
昨日ソイツから奪った刺繍入りハンカチを、とびっきりの微笑みとともに殿下に渡した。
なぜか最初よりもわたしに対する態度が冷たい気がするわ。けれど周りの候補者からは褒められたから、単に殿下の愛想が悪いだけなのだわ、きっと。
そのことが思い過ごしだと思ったのは、貴族学院の廊下で殿下から呼ばれた時。
「おはようございます、エレナ・ボウエン嬢。実はお願いがありまして……」
えっ、わたしにお願い?
珍しく愛想のいい殿下。槍でも降るの?
「先日頂いた刺繍が見事でしたので、もう一度お願いしたいのですが……」
「は、はい、喜んで!」
やったわ!
今まで殿下から直接頼まれごとをされた候補者なんていなかったはず。わたしの夢が叶うかもしれない!
早速わたしはソイツに刺繍をやらせた。
今回も素晴らしい出来ね、薔薇の花?
極上の笑顔で刺繍入りのハンカチを殿下に渡したわ。
※
そして――。
間もなくソイツは屋根裏部屋から姿を消した。それが分かったのは、茹でたじゃがいもと水をメイドが差し入れた時だった。
次回は再び『でんか』視点です。




