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刺繍に綴られた願い――二度目の時戻り、少しだけの勇気  作者: 赤城ハルナ


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第三王子の疑問

『でんか』視点です。

 その日はぼくの十八歳の誕生日祝賀会だった。

 王宮では舞踏会やガーデンパーティーが開催される。


 宮殿のバルコニーで愛想よく手を振ったあと、ガーデンでは妃候補たちとの交流お茶会が開かれた。それぞれの候補者が、ぼくに渾身のプレゼントを渡すわけだ。


 みんな気合を入れた装いをし、期待を込めた眼差しで品物を差し出す。

 器用な侍女が夜なべして作ったもの、庭師が丹精込めて作ったもの、有名な雑貨商が賄賂をもらい内緒で作ったもの。

 その中に自ら創作した品があるのかどうかは、どうでもいい。

 ぼくはソツなくお礼を言いながら、受け取る振りをして左右の側近に渡す。


 この候補者たちから妻を娶る気はない。第三王子であるぼくなど結婚する必要はないのだから。

 無気力・無関心・無感動。

 それがぼくの本性。


「殿下、これはわたくしからの誕生日プレゼントですわ、お受け取りいただけると嬉しいですわ」


 エレナ・ボウエン嬢か。


 貴族学院ではひとつ下の女学生。

 ほかの候補者よりも頻繁にぼくに近付きたがるのが鬱陶しい。人付き合いが苦手なぼくにとっては避けたいタイプだ。表面こそ淑女の仮面をかぶっているが、内面はどうだろう。

 母はこの女性を勧めてくるからやっかいだ。

 いわく、『最近頑張っているようね』『刺繍がお上手ですのね』『絵をたしなんでいるのですね』『詩を創る才能がおありなのね』と。


「ありがとう」


 棒読み気味に言うと、ぼくは何も考えずハンカチを受け取った。


「受け取っていただいて光栄ですわ、殿下!」


 確認もせず品物を受け取ってはいけないのだが、見事な刺繍に魅入られて直接手に持ってしまった。ほかの候補者からのプレゼントは側近が受け取ったのに。


 あぁ、マズイことをした。

 ただ、あのコマドリの刺繍は見事だった。





 あの日――エレナ嬢から刺繍入りのハンカチをもらった日から何日かすると、彼女は病気で学園を休みがちになったという。

 彼女からもらったハンカチはデスクの片隅に置いたままだ。誰が刺したのか知らないが、このコマドリを眺めると気持ちが落ち着くから。


 一年ほど前までいた妃候補のひとりは屋敷が火事になり、両親と兄が亡くなったため候補を辞退した。キリアンという儀礼魔術師の家だったため、呪い返しをされたのではと噂されたっけ。

 ついでエレナ嬢も最近病気がちだ。

 妃候補を考え直したほうが良いのではという話も出始めた。


(どうでもいいよ……ぼくなんか予備の予備、父や兄の公務を少し手伝うだけ、戦が始まったら盾になって死ぬだけの存在なのだから。妻や子供なんていない方がいい)


 それから十日ほど過ぎただろうか。その日は朝から嵐だった。

 夕闇が迫るころ――もうすぐ晩餐の時間というとき、ぼくの意識はプツンと途切れた。



◆ ◆ ◆



 ――途切れたかと思うと、大きな銅鑼の音がし、晩餐の時間を告げた。


(眠っていたのかな?)


 ふとデスクの上を見ると、片隅に置いてあったハンカチがなかった。


 ……どこへ?


 いつもの晩餐、いつもの顔ぶれ、豪華な料理。ぼくが両親や兄たちと食事を共にすることはあまりない。片隅の王子宮で側近たちと済ませるだけ。

 特に変わったことはなかった――と思う。


 その時執事から今後の予定を告げられた――ぼくの誕生日祝賀会では、妃候補たちとの交流お茶会があると。

 あれ? 誕生日はもう過ぎたのでは?


 疑問だらけのまま、祝賀会当日格式ばった服装でバルコニーから手を振り、案内されるまま庭園へ行くと、お茶会の席にエレナ・ボウエン嬢がいた。


(体調がすぐれなかったのでは?)


「殿下、これはわたくしからの誕生日プレゼントですわ、お受け取りいただけると嬉しいですわ」


 また刺繍入りハンカチ。


「側近に預ける。問題なければ受け取ろう」

「ありがとうございます!」


 今回ぼくは直接受け取らなかった。

 側近がハンカチを広げた。


「まあっ、見事な図案の刺繍ですわね、エレナ様。コマドリですのね」


 令嬢たちが見とれている。以前見たのと同じコマドリの刺繍がハンカチに施されていた。


「そういえばエレナ様、あの方は今どうなさっているのでしょうか?」

「え……ええ、相変わらずですの。元気がなくお部屋に籠りがちで……わたくし、それはそれは心配で……」

「ですわよね、わたくしたちもお見舞いに行きたいとは思っているのですけれど……」

「お会いしても分からないのではと……」

「そうですわね……」


「……(あの方?)」


 そのことを考えると、ずっと前、頭の隅に追いやった少女の面影が浮かんでは消えた。


(誰だったっけ……)





 祝賀会の晩餐には家族全員と親族が揃った。宰相や枢機卿も。


「今日のお茶会でコマドリの刺繍入りハンカチをいただいたのですってね。お茶会担当の侍女たちが褒めていましたよ」

 母がぼくに話を振った。

「はい、その通りですが……」


 前回と同じ会話だ。


「ボウエン家のご令嬢だったかしら、刺繍も詩も絵もお上手なんですってね。礼儀作法に少々ぎこちないところはあるけれど、どうかしら、来週からでも妃教育をはじめてみたら……」

「母上、それは早すぎます。ぼくはまだ配偶者を決めたくはありません」

「そうかもしれないけれど……では、候補者全員を語学や儀礼教育という形で始めてはどうかしら?」

「それは……」


 ぼくは母の申し出に返事をしなかった。

 前回は……どうだったかな。生返事をした結果、妃候補者が週何回か王宮で教育を受けることになったっけ。

 そしてエレナ嬢は病気がちになり、学園に来なくなったのだ。

 今回妃教育は始まらなかったが、やはりエレナ嬢は学園に来ない。


 あれから何日たったろうか――夕闇迫る嵐の中。

 ぼくは酷い喪失感を覚え、また意識を失った。



◆ ◆ ◆



 そしてまた同じ晩餐、数日後には同じ誕生日祝賀会、候補者とのお茶会。

 ――精神的にショックだな。何回も同じことが繰り返されるなんて。


「殿下、これはわたくしからの誕生日プレゼントですわ、お受け取りいただけると嬉しいですわ」


 またか。


「側近に預ける。問題なければ受け取ろう」

「ありがとうございます!」


 前二回も今回も……エレナ嬢からコマドリの刺繍が施されたハンカチをもらう数日前から始まる。

 このハンカチを調べれば何かが分かるかもしれない。これ以上同じことを繰り返されては、ぼくの気が狂いそうだ。正気を保っていられるか分からない。


 ぼくは刺繍入りのハンカチを品物の真贋を判定する鑑定士に渡し、詳しく調べてもらった。


「これは……興味深い刺繍ですねぇ」

「何かあるのか?」

「見落としがちではありますが、コマドリの羽の縁に文字が隠されております」

「文字?」

「はい。どなたからの品でしょうか?」

「これはボウエン家の令嬢からもらったんだ」

「宮廷官吏ボウエン卿のご令嬢ですか……」


 ある時点になると時が戻るということを、二回も繰り返している。隠された文字が鍵になるのだろうか。


「隠されておりました文字は……『助けて』」

「えっ?」

「古語で『助けて』と」


「『助けて』……」

次回は『お嬢様』視点です。

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