64 星屑シューティンガー! 1
珍しくナインちゃん以外がやらかすお話。
ナインは龍である。
龍は神獣である。
決して、人間というカテゴライズにはなりえない。
故に価値観が違う。特に、ナインの種族は非常に穏やかな気性が特徴だ。無意識にこそすれ、意図的には人を貶めようとする気など起こらない。
また、彼女自身、人という種族が好きだ。友を貶めようなど……。
しかし、彼女や彼女と同じ龍の血を引くエルディラより、ずっと寿命の短い種族は大量にいる。彼等は、一様にとは行かないが、国が絡むと非常に面倒くさい方向へ突き進む傾向があった。
今日もクロスエルディラの祭典に参加すべく、大量の商人と観客が押し寄せる。
そんな大量の馬車の中に、特殊な積荷を運ぶ者達がいた。
「これを運べば一攫千金だろ? ま、何が入っているのかは知らないが」
「届け終わったらすぐずらかるんだ……さっさと終わらせるよ」
彼等の運ぶ積荷は、何が入っているのか。
それは――
「き、れ、い、だぁー!」
流石観光地と言うべきか。
青い空、青い湖――残念ながら海は若干遠い――、眼下に広がる活気溢れる城下町。
白を基調とした家々の並びは美しく、思わず指で作ったフレーム内に収める。
小高い広場からそれらを見下ろし、ナインは興奮のままに叫んだ。
今回は、既にジャックという激似の人物がいる変装ではない。女性らしさを残しつつ、さらさらな髪をあえてボサボサにし、水色のメッシュを入れた仕様にしている。
色の薄いサングラスと帽子は外せない。
また、つい昨日ステージに立った時に着ていたワンピースやドレスのイメージが強いため、ボーイッシュに決めることも忘れない。
今日の私は「オレっ子」だ!
と、張り切るナインが、そこにいた。
「すっごい綺麗! 凄い!」
むしろ、一人称と容姿を除いた中身の全てが、ナインの素そのものである。細いフェンスの上に立つ彼女に、見る者全員がハラハラしっ放しだ。
たとえば。
「な……姉さん。もうちょっと抑えて。それと、せめてその口調何とかならない?」
「です。万が一にもばれたくないのです~」
「だぁいじょーぶだって!」
何が大丈夫なのか。いくら眺めが良いと言っても、その場で叫ぶのはナインくらいのもの。極力目立たないために護衛はつけていないが、それでもめちゃくちゃ目立っていた。
コノエもクロウも、ナインに合わせて髪を染めている。唯一種族的にごまかしの利かないユウトだけは、全身を赤毛に覆われていた。
ちなみに1日経つと、自然と空気に解ける特殊な染料が使われている。
お忍びにはピッタリな変装道具だった。
「いいから、とりあえず降りようよ。どれだけバランス取るのが上手くたって、たとえ飛べるって分かっていても、こっちの心臓が保たない」
「むぅ。わかったよー……つまんないの」
「で、今日はどこに行くの? 元々予定はあった?」
「あぁ、それなら――」
ナインは頬を膨れさせて、ひょい、と
明らかに不満げだが、そのままだとフェンスを伝いながら移動しそうだったのだ。両足で立っている時よりよほど不安定な様子に、更にハラハラさせられる羽目になるのは目に見えている。
ナインが降りた事で、ホッと胸をなでおろした者は少なくない。
そして、ナインがどこへ行こうか口に出そうとした。
……そう、した。過去形である。
どこかで、あるいは、どこででも。パリン、と割れた音の後。
―― 嫌な音が、響いた。
「っい、うぅうう?!」
「み、耳がぁ……っ」
大音量で流れたそれに、ナイン達は思わず顔を顰め、無意識に耳を塞ぐ。それでも完全には無くならない音に、周囲にいる人間が次々と膝を突き、倒れていった。
それは、黒板を思いっきり引っかいたような。そんな音。
耳の良い種族ばかりが集まったこの国の民も、観光に来た他種族達も、一様に耳を押さえて蹲る。
何が起こったのか……?
現状把握を完璧にこなせる者は、この場において、たった2人しか存在しない。
そして、より迅速に動いたのは、プラチナアクアマリンの髪をした方である。
『―― 聴覚強化のスキルを強制終了、及び、特殊事例パターンMにつき、昏倒耐性をトラブル解消完了まで付与を開始します』
「「「!」」」
バチン! と。
まるで感電したような激しい音の後に、膝を突いていた面々は急激に遠ざかる『音』から逃れる。
直前に聞こえてきたのは、途轍もなく聞き覚えのある声だ。
多くの視線が、声の主へ一斉に向けられる。
「ろ、き?」
『はい』
この中でも、特に耳が良いのはナインだ。ナインが気にならないほどに、音は抑えられていた。
耳を押さえながら、ナインに向けられた視線に応えるべく、ロキはふわふわとナインの目と鼻の先に移動した。
そのまま、ナインが差し出した手の中におさまる。
『一時的な応急処置ですが、当面の間はこれで大丈夫かと』
「……ん、ありがとね、ロキ」
ナインの細い指で、小さなロキの頭を易しく撫でてやる。
それだけで、ロキは無表情ながら、満足そうに目を輝かせた。
もっとも、その変化を知る者は、ロキ自身も含めいなかったのだが。
さて、一体何が起きたのだろう? 少女はキョロリと周囲を見回す。
ロキのおかげで、あの背筋がむず痒くなる嫌な音にダメージを受ける者はもういない。
「あっ」
ナインの素っ頓狂な声が響いた瞬間。彼等はナインの視線の先―― 城下町を見下ろす。
そこに広がっていたのは――
「何だ、これ」
「キラキラなのですー」
「ま、町が派手になってる」
「ロキ、何が起こっているのか説明!」
『はい』
ナインの言葉に反応したロキは、じぃっ、とキラキラ光り続ける城下町を見つめた。
それから5秒ピッタリ経ち、不意に口を開く。
『城下町全体に、モンスター:ライト・スタービーンズが確認されました。攻撃能力は低いですが、周囲に不快音に似た音魔法による攻撃を大音量で放出します』
ロキはそのまま、ライト・スタービーンズの説明も同時に行う。
ライトとは、それが光属性である事を示す。
それは豆粒ほどの大きさをしたモンスターで、普段はそこら辺にある石に紛れている。
HPはどの属性でも総じて低いが、弱点属性となる魔力をぶつける以外の方法で倒す事は出来ない。
群れでいる事は少なく、脅威となる場面は少ないが、1度出くわすと非常に厄介なモンスターとして有名だった。
負荷がかかると、拳大の属性に応じた仮の肉体を構築し、浮かび上がる。そして、半径25メートル内にいる者の頭を揺さぶるような不快音を発生させる。
不快音。
それは言うなれば、黒板を爪で引っかいたような。
脅威と言うほどではない。
しかし厄介極まりない。
それが、スタービーンズの認識だった。
「何でそんなのがいるのかな?」
「群れる事は少ないはずなのに、どうしてこんな事になっているのですー?」
『来場者記録を遡行確認中……完了。昨日の時点で入った「運び屋」によって、大量のライト・スタービーンズが搬入されています。また国内の犯罪組織:秘密結社・アウトイージスの者により首都全体に頒布されており、討伐、封印、回収は極めて困難です』
「ロキにも、無理?」
『……申し訳ありません。ナビの能力の範囲外となっております』
ロキ。それは元々、転生者をサポートするために生まれ、導くために生きる存在。決して、魔法を使う事は出来ないのだ。
魔法のようなナビスキルを使う事は出来るが、決して、魔法という形で力を使う事は出来ないのだ。
そして、彼が『出来ない』事は、要するに、魔法を使わなければならないこと。
それを知っているナインは、決して逆上せず、微笑んだ。
「そっか」
それから、小さくありがとう、と続ける。
「じゃあ、ロキ。今出来る最善の解決法はある?」
そして、笑う。
ロキがわざわざ「ナビの能力の範囲外」と表現したのだ。
『それ以外』なら、あるのだろう? と。挑戦的に、獰猛な笑みを浮かべたのである。
その場にいる誰よりもダメージが大きいために、笑顔ながら汗が滲んでいる。
周囲に今も響いているはずの音は、確かに攻撃魔法なのだ。今も僅かずつ、HPは減り続けている。毒のようにじわじわと、確実に。
数分毎に1%かそれ以下の割合だが。
早くしなければ、手遅れになりかねない――
緊張状態とも言える中、やはりと言うべきか。冷静に、淡々と、無表情に、無感情に。
しかし、力強く。
『あります』
ロキは、そう言った。
そしてその僅か5分後の事である。
突如として、これから先伝統の催し物となる『射撃大会』が始まるのは……。
『これより! 緊急クエスト:スタービーンズを殲滅せよ! と開始いたします! HPに余裕があり射撃精度に自信のある方はふるってご参加ください! また、既に第1回大会は開催しております! 専用武器による途中参加は大歓迎!』
『途中参加の方には、特別点が入ります。モンスターの撃破数に応じてptが加算され、最終的なptが、最も高い方から順に豪華な報酬が割り振られます』
やけにテンションが高いロキと、妙に冷静なティーチの実況と説明を背に受けて。
「やっふぅうー!」
完全に変装を解いた上で、動きやすさに特化したコスチュームに身を包む少女が、会場を縦横無尽に翔け回る。
その姿は、歌を歌っている姿とはまた違う意味で活き活きとしている。
そのギラギラした目は、確実にターゲットを捉える。
その手に握られるのは、それらを倒すためだけに作り出された二丁拳銃。
リロード時間は全くない。
会場を翔ける様は、正に―― 天使だった。




