65 星屑シューティンガー! 2
ナインがいつもとちょっと違う方向でやらかす話。
龍であり、妖精であり、人間である種族。エルディラ。
人間の種族の中では特に強い肉体と能力を持ち、その寿命は世界最強の生命体と呼ばれる龍と同等。
しかし、人間の血を引いている故に、彼等は人間種族の枠組みとなる。
するとどうなるのか?
ヒュミアの姿に酷似しているために、浅慮なヒュミアに絡まれる事は多い。
一般的なヒュミアには相手の持つ魔力を感じ取る能力が備わっておらず、それは傍から見れば恰好の獲物にすら見えるのだ。
まるで、小さく無邪気な子供が、時に残酷な言葉を吐くように。
しかし一応の常識も倫理観も教養も学んでいるにも関わらず、愚かな者は現れるのだ。
まるで児戯のような戦争を吹っかける。
と、まぁ。ここまで前置きが長かったものの、つまり何が言いたいのかと言えば。
今現在。
ここ、クロスエルディラは、ヒュミア国家のいずれかから、一方的な攻撃を受けている、という事だ。
祭に賑わう城下町に、突如として現れた大量のモンスター。
無数、と言って差し支えない程度に現れたそれらは、ネオンのように光り輝き、周囲へ女性の金切り声を思わせる不快音を発している。
ライト・スタービーンズと呼ばれるそれらは、眠っている状態だとただの小石にしか見えない。しかし、負荷をかけて起こすと、実体の無い魔力の靄で出来た身体から、ガラスを引っかいたような音を、大音量で垂れ流すのだ。
騒動が起きて数秒間、不快音に倒れた者は多かった。
しかしロキにより、それはすぐに対処される。そこから始まった、緊急掃滅作戦という名のモンスターを的とする射的ゲームが始まった。
これは、モンスターの多さによって区分けされた中でも、2番目にモンスター数が多い西地区の話。
「―― キリがないっ!」
クロスエルディラの片田舎に屋敷を持つ、セプティアス公爵の息子は、焦燥に声を荒げた。
その手には、支給された銃が2つ。
リロードが必要ない特殊な拳銃を手に、青年はぜぇぜぇと肩で息をしていた。何とか呼吸を整えようにも次から次へとターゲットが現れ、息つく暇すら無いのである。
何度も舌打ちをしているが、誰かに届くわけも無く。
むしろ、他の参加者達の舌打ちや悲鳴が聞こえてくるばかり。
他よりは、まだ体力的にも精神的にも余裕があるという事だった。
「っ、あああ!」
周囲10メートル以内に存在するターゲットに対し、青年は魔法を発動させる。
エルディラはそもそも、身体的、魔法能力的に、他の種族よりも優れている。それこそ龍であるナインや特殊個体であるユウトなど。そもそも人間の域を超えた存在を除いた種族では、最強なのだ。
魔力にも余裕はあり、半径10メートル以内の敵に魔法をかけるなどは容易い。
彼の息が上がっているのは、ひとえに最近運動不足だったためだ。
「―― ロックオン!」
途端、キラキラと光るライト・スタービーンズの中央に、赤いターゲットマーカーが現れる。
それは、ターゲットに対し命中率を100%にする魔法。たとえば魔法、狙撃などが、絶対的に当たるようになる魔法である。
例え頓珍漢な方向へ攻撃しても、必ず狙った箇所に攻撃が当たる寸法である。
青年の持つ拳銃から放たれた、黒い光の弾がターゲットマーカーに真っ直ぐ飛んでいく。それらはモンスターへ当たると同時に破裂し、闇の火花を散らす。
倒されたモンスターの落とした極小粒な魔力の結晶が、舗装されたタイルの地面に数え切れないほど落ちていた。
「……まだ、いるのかっ」
薄緑色の瞳を鋭くし、青年は悪態をつく。
公爵というのは、要するに王族の血を引く貴族のことだ。しかしセプティアス公爵は、王族の中でも特に身体が弱く、かつて王族に忠誠を誓った騎士に爵位を与えるためだけに嫁いだ王女の家系。
持っている領地は広く、今でこそ身体の強い子が生まれやすくなったものの、その地位は全貴族の中でも低い。
所謂貧乏貴族。辺境伯と呼ばれる一族なのだ。
たとえ実力があっても、認めてもらえなければ意味が無い。見てもらえる機会すら与えられていない状況なのだから。
貴族社会には非常に珍しい恋愛結婚の末に生まれた子――この国の王が恋愛結婚しているのだが――であるエリジェットは、何とか自分の代の内に地位向上を図りたかった。
だからと言って、こんな国に仇なすような真似はしない。
むしろ、彼以上に有望かつ実力者で奢らない真面目人間で、国への忠誠心が高い者はいないだろう。
クロスエルディラの王都にある学園に通っていた彼は、祭による祝祭日となっていた今日、休息日として城下町を回ろうとしていた。
しかし、このような事態になり、掃討作戦に参加した次第である。
薄い金色の長い髪は後ろで三つ編みに纏められ、学園指定の制服に着けられた深緑のマントを翻した。
「……っ。まだ。いけるか」
言っては何だが、この敵は動きがかなり遅い。
眠っている時は全く動かず、起きている間も秒速2センチほど。
それに、攻撃手段は不快音を発するだけで、物理的な攻撃は一切無い。
だから肩で息をするほど焦る必要は、実は全く無いのだ。
それでも焦るのは、ひとえに賞金欲しさだった。
下品な話では無い。賞金を実家に送りたいと思ったゆえの行動だ。何せ10歳になる妹がおり、彼女の分の養育資金に余裕を持たせたいという兄心だった。むしろピュアだった。
地上50メートルに映し出された複数のランキングボードには、エリジェットの名前とモンスターの撃破数が映し出されている。
ステータス内容によって参加者にはランクがつけられ、エリジェットはBランクとなっていた。
Aランクは、言わずもがなナイン達であるが、その話はまた別である。
今の所、Bランクの中でも、エリジェットは2位と大差をつけた1位。賞金が出るのは10位までだが、まず確実に多額の賞金が手に入る順位だ。
エリジェットはほんの少し眉を寄せる力を緩める。
だが、その瞳はまだ強く輝いていた。まだ全てを倒せていないのだ。いくら直接的な被害が無くとも、全て倒しきるまで油断をしていいはずがなかった。
「―― うぁぁああん!」
「?!」
周囲から敵影が消え、狩り場を移動しようとしていた、その時。
聞こえてきた泣き声に、エリジェットは反射的に走る方向を変える。
女の子の声だ。
「どうした!」
「っ、ひく、うぅっ、おか、あ、さ……お母さんがぁ……っ」
それは獣人族の女の子だった。耳の形からして狐の獣人らしい。膝と腕をすりむいており、傷が付いている位置からして転んだのは明白だった。
しかも、保護者もいない。
とりあえず、騒ぎに乗じて紛れ込んだモンスターに襲われた、という線が消えて、ホッと胸を撫で下ろすと、エリジェットはそっと彼女に近付いた。
それから、怖がらせないよう、ふわりと笑みを浮かべる。
それだけで、女の子はピタリと泣き止んだ。
獣人族が比較的少ないこの国にいるという事は、他国から来たのだろう。
観光客向けの迷子センターが近くにあったはず。
そんな事を考えながら、頭を撫でてやる。
「お嬢ちゃん、迷子? ケガ、痛いよな。すぐに治してやるから、じっとしてろよ」
まず水魔法を使って土汚れを流す。それから回復魔法を使い、傷跡が綺麗サッパリ消えた。
痛みが無くなった事で、女の子はホッとしたのか、まだ涙ぐんでしまう。
いくら点差があるとはいえ、あまりゆっくりしてはいられない。が、やはり1人の人間として、泣いている女の子をほうっておく事など、出来はしなかった。
「よし、お兄ちゃんがお母さんを探してあげよう!」
「っ、ほ、本当?」
「本当だ。といっても、ここは危険だから、1度迷子センターに行かないと。そこにお母さんが着ているかもしれないしな」
「っ、うん。行く」
「よし!」
ひょい、と、エリジェットは女の子を抱き上げる。小さく、軽い彼女をお姫様抱っこにしたのだ。女の子も顔を真っ赤にする。
それが嬉しそうに見えたエリジェットは、少し安心しながら、迷子センターのある方へと向かう。
女の子は、容姿こそ違うものの、年齢が妹と同じように見えたのだ。思わず庇護欲が全快になりそうだがそれは本物の妹にしか向けたくない。
顔が緩みすぎないよう、細心の注意を払う。
が、そちらに意識を向けすぎたらしい。
「っお、お兄ちゃん、後ろ!」
「え」
姿勢の関係で自身の真後ろがよく見えていた女の子に言われ、エリジェットは背後に迫る狼のモンスターに気付く。
しかし、その狼が剥き出した牙も、鋭く太い爪も、もうすぐ傍まで迫っていた。
何故ここまで気付けなかったのか……! エリジェットは焦りと後悔に歯を食いしばる。
幸い、エルディラの肉体は頑強だ。黒く光沢を帯びた爪でも、真っ二つになど万に一つも可能性が無い。初撃は避けられないだろうが、女の子を抱えて逃げる事くらいは出来るだろう、と。
エリジェットは女の子を守るために前かがみになり、痛みに耐えるべく目を強く瞑った。
「グルゥウアアアアァァァアア!!!」
「ぐ……っ!」
……。
…………。
………………。
目を瞑ってから、何秒も経つ。しかし、痛みは一向に訪れない。
エリジェットはおそるおそる、目を開けた。
「ふー。大丈夫?」
「あ、ああ。君の方こそケガは……ッ!」
そこにいたのは、これまた10歳ほどの少女。
彼女は拳銃を持ちつつも、片手には細身の剣を携えている。剣には赤い液体がついており、少女の傍には倒されたらしい狼のモンスターが。
金の豪奢な縁取りがされたケープの端を翻しながら、にこりと微笑む。
フードを被っているため顔はよく見えないが、肌が白く、柔らかな笑顔を浮かべているのは分かった。
そして、それ以上に。
彼女の背に、ふわふわとした翼が、あった。
更に、重ねて言うがエルディラは最強の人間種族。相手の持つ魔力を感じ取るなど造作も無い。その少女が秘める大量の魔力に、真っ向から対面して気付かないわけが無かった。
明らかに、自分よりも上位の存在だ、と。言葉に詰まる。
「うーん、ちょっとこの国の結界緩んだ? 外のモンスターまで入ってるんだけど」
「あ、ありがとうございます」
「うん? うん! 無事でよかったー」
鼻より上は見えないが、満面の笑みを浮かべているのが分かる。
そんな、輝くような笑みを見て。
「……天使だ」
そう、思わないわけがなかった。
吊り橋効果とも言う。
正確に言えば、命はどうあっても守られるだろうが、当たり所が悪ければ、一生残る傷になったかもしれないし、女の子も危なかったかもしれない。
真面目な性格のエリジェットが、助けてくれた恩義を感じない理由が無いのだ。
「ふぇ?」
だがしかし。そんな事より、町にスタービーンズ以外のモンスターがいる事に気をとられた彼女。ナインが気付くことは無い。
その呆然とした様子を、謙虚と捉えるほどには、既にエリジェットは彼女に尊敬の念を抱いていた。
ここに、新たなナイン信者が誕生したのである。




