63 もふぇすてぃばる
ユウトがややはっちゃける話。
「みゅー」
「みっ?」
もふもふと。
「みゅー、みゅっ、みゅぃー」
「みっみゅー! みゅぃみゅっ」
もふもふが。
「みゅみゅー♪」
「みゅみゅー♪」
じゃれあっている。
そんなほっこりするシーンの一部始終を、今朝ばったり出会ったナインとコノエは、静かに記録水晶の中へと納めるのだった。
ウサギのような2足歩行の不思議生物ミュリフューイ。その姿は一匹一匹違い、一色のみの毛並みを持つ個体は非常に珍しく、また両目共に同じ色合いや、はっきりした色合いの瞳を持つ個体もまた珍しい。
ナインに懐いたミュンは、夜空色の毛並みに金と紅のオッドアイ。
そして。
コノエが飼っているというミュリフューイ、ファルルは、全身薄い金色で、瞳の色が綺麗な蜂蜜色。一色ずつの毛並みと瞳を持つ、非常に稀な個体だった。
「ふわぁ、かわいいなぁ~」
「それは同感だよ。何なのあのもふもふ!」
「うーん、ここにユウトが混じったら完璧なもふもふ帝国になりそう」
「……そういえば、ユウト兄は今狼だったね」
中庭で偶然出会ったらしい2匹を、これまた偶然見つけた2人。彼等は茂みに隠れてこっそり2匹を観察する傍ら、ひそひそと喋っていた。
ナインの顔はこれ以上無く弛緩している。もしも今彼女のファンが見たら失望……するどころか、むしろ更に熱狂的になるであろう天使の微笑みと化していた。
そして、コノエはナインの言ったような光景を頭に思い浮かべる。
しばらく口をもごもごと動かした後、彼もまた口元が緩んだ。
無事、想像できたらしい。
「―― あ、ミュンじゃないか?」
「「!」」
そこへ現れたのが件の人物だっただけに、2人の意識は一気に持って行かれた。
ユウトは簡易な部屋着だった。
現在朝の6時。王宮の中でも特に人が少ない賓客専用スペースであるため、早起きな騎士もメイドもほとんどいない。
そして、外国に王の護衛として来ているユウトだが。彼の仕事の時間は、この日は午後からである。
いつもの癖で早く起きたため、同僚の頼みを受けると共に、朝の散歩に出ていたのだ。
彼もまた、魅惑的なもふもふに惹かれて来た若者だった。
「みゅー」
「へぇ、友達が出来たのか。しかもかわいい」
「みゅみゅー」
「お、これはご丁寧に、どうも。ファルルか、かわいい名前だな」
「みゅみー……♪」
ちょこんとお辞儀をしたファルルに、ユウトは目線を合わせるように、騎士のように跪いた。それも、ふんわりと微笑むおまけ付きで。
ファルルは大きな耳を揺らし、尻尾を振る。
そして、少しの間目を細めて何事かを考え込んでから、すり、とユウトの手に頬ずりをする。
ミュリフューイにとって、頬ずりは親愛の証。ミュンが来てからそういった習性は一通り調べてあるユウトは、嬉しそうにファルルを抱き上げた。
「みゅー」
「ん、ミュンも来るか?」
「みゅうっ!」
ユウトはあぐらをかき、その膝の中へすっぽりおさまったファルルを羨ましく思ったらしい。ミュンもユウトの許可が下りた瞬間、彼の決して広いとは言えない肩に飛び乗る。
ミュリフューイは元来見た目よりずっと軽い生物である。たとえ2匹が頭に乗っていようと、動きに支障は無い。
2匹はそれぞれユウトにじゃれ始め、長い耳や大きな尻尾がユウトに纏わり付いた。
「……ナイスもふもふ」
「それ、ユウト兄の前で言っちゃダメだからね? 男のプライドとか、あるだろうし」
未だ記録水晶は起動したまま。
想像よりも更にもふもふした光景に、ナインは思わずサムズアップしていた。そうして呟かれた一言に、コノエは冷静にツッコミつつ「まぁ、僕もそう思うけどさぁ」と同感もしてみせた。
姉弟揃ってもふもふ大好きなのである。
しばらくユウトももふもふを堪能していたが、はっとなる。そもそも散歩に来たが、彼は同僚、というかリミに頼まれた事があるのだ。
もっとも、そもそもが非番なので、本当にお願いとかそういったレベルのものだが。
「ミュン、ファルル。ナインを見かけなかったか?」
ナイン、というより、ロキの力によって完全に気配を遮断されている2人は、図らずしも行方不明となっていた。
当然、彼女の様子を見に行く担当が、もぬけの殻となった彼女のベッドに驚愕し、愕くほど静かに大捜索が始まってしまったのだ。
何せ現在早朝である。
少し離れているとはいえ、近くには別の賓客が泊まっているのだ。
大声で叫んでは、正にご近所迷惑になってしまう!
「みゅっ?」
「みゅぅー」
「みゅっ、みゅみゅう」
「みゅいー?」
「「みゅぅ……」」
何度か話し合い、ミュリフューイ達はがっくりとうなだれてしまった。それはナインを見ていないという証明である。
ユウトはその言葉が理解できている故に、思ったより落ち込んだ様子の2匹の頭を撫でてやる。
そしてポケットからハンカチに包んだクッキーを取り出して、2匹に与えた。
「ありがとうな、また後で来るから、見つけたら教えてくれ」
「みゅぅ~!」
「みゅみー♪」
早速カリカリと食べ始めた2匹の頭を、もう一度優しく撫でてやる。
2匹はとても嬉しそうに鳴くと、そのまま離れて行ったユウトに揃って手を振った。
―― そこで、映像は途切れる。
「う、うぅ。羨ましいのです~! 僕ももふもふが見たかったのです~!」
そう悔しがるのは、ナインとコノエの弟であるクロウ。薄い黄金色の瞳を太陽のようにキラキラと輝かせながら、記録水晶を持って来たナイン達に膨れっ面を向けた。
この映像が切れた直後、気配や音、姿を消していたはずのナイン達は、完全に油断していた。その油断を利用したユウトが、彼等の背後から現れたのである。
コノエが言ったとおり、ユウトは今、狼の姿をした神獣。
当然、鼻は利く。
コノエはこの国の王族でもあるため何もされていないが、ナインには容赦が無い。その頭にはたんこぶが出来ていた。
大きなたんこぶを冷やしつつ、ナインはそれでもニコニコ笑っていた。
何せ、3姉弟がようやく揃ったのだ。加えてユウトも共にいるこの状況は、ナインが心の内で密かに望んでいた光景である。
ナインが死んでしまう少し前には、よく見られた光景なのだから。
「まったく、何で俺を撮ったんだか。俺よりあの2匹だけの方がよっぽどリラックス効果が出るだろ」
「それは無いね!」
「やけに自慢げだな?! しかもコノエ……王子まで行方不明にされかけてたんだぞ?! 一応王族の枠組みだろうが! お前はもう少し反省しろ!!!」
「うっ、ご、ごめんなさい、ユウト兄。でも、でも! もふもふが目の前にあったら、ユウト兄だって足を止めて愛でたくなると思うよ!」
「いや、今のはナインに……あーもー、このもふもふ大好き姉弟は……!」
怒りにわなわなと震えるユウト。
その怒りの原因を作るナイン。
その2人の間で不安げに瞳を揺らすコノエ。
当時クロウはいなかったが、それは、確かに。
かつての彼等が失った―― 日常。
「ねぇ、ユウト」
ナインの声音が、僅かに変化する。
ユウトは狼の耳をピクリと揺らす。それまでの怒りを静めるには、その優しい声音は十分だったから。
「後で、さ。4人で出かけようよ。
もう、同じ親の血も流れていないし、クラスメイトっていう繋がりも無いけど。新しく友達……ううん、親友になろうよ。
だから――」
「わかった。じゃ、用意してくる」
ナインが全てを言い終える前に、ユウトは指をパチン! と鳴らす。その瞬間、ユウトの身体を眩い光が包み込んだ。
異空間に収納してあった服と、今着ている服を入れ替える魔法を使ったのだ。
ユウトはあっと言う間に、護衛時に着る服に着替える。
軽めの白い金属鎧。腰にはシンプルながら装飾を施した二対の剣を差し、黒を基調とした銀の縁取りのされている衣装を身に纏う。
それから自分の調子を確かめるように、簡単なストレッチをすれば。
「ん。行くか」
ふっと微笑んだ。
ユウトもまた、この4人で祭りを楽しもうと考えていた1人。ナインの護衛など、一緒にいれば出来るので問題無い。
要約すると。
とんでもなく、ワクワクしていた。
「……ユウトにしては早い!」
「行かないのか?」
「っ行くー!」
ぴょんとその場で跳ね、満面の笑みでユウトに抱き付く。ナインがユウトに抱き付くのは日常茶飯事であるため、クロウも含めこの場にいる大多数は何も思わない、が。
コノエは、知らない。
「ちょ、ちょちょちょ、ナイン?!」
「どうしたの、コノエ」
「いやいやいや! 何でこんな、たくさん人がいるのに、異性に抱きつけるわけ?!」
「?」
顔を真っ赤にするコノエだが、抱き付いた本人であるナインは首を傾げる。また、抱き付かれているユウトは満更でもない様子であるため、止めように止められない。
ナインは変なところでまだお子様なのである。
一方、コノエは精神年齢が思春期真っ盛りでこちらに来たため、こういった事象には耐性が付いていないのだ。
天然のきらいがある姉の一面に、少年は真っ赤になったまま目を覆った。
「じゃ、行くか」
「ユウト兄?! ちょ、えっ、えええっ?!」
……。
ユウトとナインのクラスメイトは、この2人の他より近い距離感を知っている。が、コノエは知らないし教えられる機会など無かった。
故に、このように戸惑っている。
実に20年越しにそれを知る事になったわけだが。
「……はぁ」
ナインとも、ユウトとも近しい関係だからこそ、ユウトは誰よりも、彼等が抱く感情の意味に気付いた。急速に冷める頬の熱に、かくりと肩を下げた。
「あー、なるほどね。なるほどだ」
「? どうしたのですー?」
「あー、うーん。や、間違いないよね。これ」
「???」
小さく。本当に小さく。コノエは、心の端で、呟いた。
(―― 親友以上、恋人未満。かぁ)
と。




