57 また会える日を
新キャラが何か……ってなるお話。多分。
世界会議とは、要するに各月における交渉事や、連絡を行う場である。
新参者であり、またリリィの保護下に置かれたナイン。彼女はその素性を知られた一部の者を除き、会議の場に居合わせた全員から奇異と好奇と畏怖の視線に晒された。
その姿は、その場に居る代表達の中でも特に幼い部類。しかしそのドレスは、ナインの容姿から、幼さを覆い隠すほどに美しく、それでいてナイン自身の子供特有であるかわいらしさをも際立たせる。
好奇の目線の中には、彼女に対するあからさまな好意も含まれていた。
……。
そんな視線は、第三者目線で。
加えて『画面越し』であっても、はっきり区別がつくほどのもの。
水晶球に映し出された、十年前の記録映像を眺めるのは、それの所有者であるオウレンディアス。
では、ない。
その息子である― トエティルディアス・コノエ・ゼクト=エルディラ ―。齢十歳の男の子だ。そのファミリーネームから、彼もれっきとした王族である事が分かる。
薄い金髪に、エメラルドのような美しい瞳。
跳ねた髪はやんちゃそうに見せつつも、美少年の体を崩す事は無い。
「―― コノエ~!」
「あ、エーヴェ。おはよう」
間延びした声で呼ばれたコノエは、ふわりと微笑んだ。
彼は普段、ミドルネームである「コノエ」で呼ばれている。本人はともかく、名付けた親でさえも名前が長いと嘆くのだ。せめて名前の愛称を使ってくれれば良いものを、両親でさえミドルネームで呼ぶ。
もっとも、コノエはそれを気にしない。
気にならないといえば嘘になるが、自分でその呼び方を気に入っているのだからしょうがない。
何せ、彼等は転生者。
コノエというのは、現世に引き継がれた名残。
コノエの幼馴染であるエーヴェもまた、コノエとは前世からの友人である。
薄紫色の柔らかな髪質をした少年、― エーヴェ・メリディ=サントロ ―。緩く三つ編みで纏められたそれは、薄い肩の向こうから胸の前へと垂らされている。
胸よりも長いその髪は、おろせば腰までありそうだと、コノエは会う度に考えた。
彼は、生物学上は男性なのだが、少女が羨むほどの美少女にも見えるのだ。
そのため、一時期髪を切りたいと嘆いていたのだが、濃い紫色の瞳と色の合う髪を切るのを、彼の周囲にいる者達が阻止するのである。
「何を見ているのぉ?」
「お父様から、十年前の世界会議の様子を記録した水晶を渡されて。今度この国に映っている人達が来るから、顔を覚えておけってさ」
「へぇ。あ、それってもしかして、龍王国アステラーザの方かなぁ?」
十年前に興り、建国直後に世界会議へ参加。その際起きた天災を解決に導き、最古の王であるリリィから寵愛を受ける少女。
他の月でも彼女の噂は伝説と化しているが、中でも、オウレンディアスが治めるクロスエルディラでは、何故だか神格化されていた。
コノエとエーヴェの住む国は、現人神が信仰されているのである。
オウレンディアスの彼女に対する崇拝とも言える態度は、最早世界共通の認識だ。子供でさえ知るほどの信仰は、新興宗教の様にさえ見えた。
エーヴェが知っているのもその関係。
―― なのだが。
「……?」
「え、ちょ、知らないのコノエ君?!」
肝心の、オウレンディアスの実の息子は、それを知らない。
エルディラという種族における十歳は、ヒュミアにおける1歳から3歳の扱いだ。長すぎる寿命故に精神の成長が遅いのだ。
逆に言えば、この時期に刷り込みの要領で彼女を信仰するように覚えさせるのも容易。
未だ彼女の事を知らないなど、驚かない方が無理というものだ。
コノエ君、というのは、彼が前世においてコノエを呼ぶ時に使っていたもの。こてん、と苦笑を浮かべつつ首を傾げる姿に、思わず咄嗟に出てしまった。
何せその仕草は、エーヴェにとって大切な人の物と似通っていたから。
転生してから十年。
互いに転生者だと気付いたのはつい最近。出会ってすぐ、互いに互いが「そう」だと勘付いた。
エーヴェにとって大切な弟のような存在だったコノエ。コノエにとって兄のように慕っていたエーヴェ。気付かないのがおかしいほどに、話の合う2人だったから。
王子であるコノエと、中級貴族であるエーヴェ。
身分差は多少あるが、幼馴染として5年前から付き合ってきた2人は、普段城内で会っていても特に違和感がなくなっていた。
「ともかく、この国の者なら絶対知っていなきゃおかしいよぉ? まぁ、知らないから今頃渡されたのだろうけどぉ」
「そうだよ。でさ、ちょっと、これどう思う?」
「うん?」
ひょい、と水晶球を覗き込むエーヴェ。
かなり遠くから撮っているようで、件の人物はその姿がかろうじて見える程度だ。ただただ真っ白なイメージが強く、たしかに神々しく見えなくも無い。
ただ、幾ら種族的な価値観を入れても、容姿だけで一国の王が神聖視するものだろうか。
そんな疑念を抱き始めた2人だが、すぐにそれは崩壊する。
件の人物に向かって、映像が動き出したのだ。
ようやく顔が見られるのか。
それぞれが覗き込むと、彼女の顔立ちが露になった。
プラチナブロンドの長い髪。
黄金色の瞳。
きめ細やかな白い肌。
愛くるしい少女の微笑みに、ああ、たしかにこれは落ちるな。と、2人は納得した。
納得するしか、無かった。
特に、彼女の前世をよく知る2人は、あるいはユウト以上にそれを理解させられたかもしれない。
詩兎九重。前世における、ナインの実弟。
恵灯苺哉。前世において、ナインの歌に伴奏をつけていた天才ピアニスト。
他人の空似であれば、飛び上がるほど興奮しなかっただろう。しかしその傍に侍る2人の人物は、彼女をナインと決定付けるに事足りた。
色は違うが、ユウトとクロウがいたのだ。ここまで似ている者が3名も揃うなど、確率的に考えておかしい事この上ない。
映像の中の少女、ナインは、映像の中だけでこちらに気付き、記録用だと分かるや否やにっこり微笑んでみせた。
音が無いために、2人の中にあるもどかしさが爆発寸前である。
「「~~~ッ!」」
興奮冷めやらぬが、自分の傍にある物はどれも高級品ばかり。
今ここで高ぶる気持ちを抑えるべく縦横無尽に駆け回れば、自ずと傷付いてダメにしてしまう。だからと言って普段大人しくてマイペースな性格で通している自分達が叫べば、それはそれで好奇の視線に晒されるだろう。
「……どうしよぉ」
「どうしようもないって! 少し遠出して、山辺りで叫べば少しは気が紛れて」
「あ、違う違う。僕さ、今度式典でピアノ演奏する事になっちゃってぇ」
「? うん。聞いた」
「その時来るのが、ナインじゃないかなぁ、って」
「……えっ」
エーヴェの家は音楽関係の一族である。
と言っても、エーヴェが生まれたのはハープを専門とする家系。ピアノに造詣が深いわけではなく、彼の専門とするピアノに触れられるかどうかは……。
まぁ、今現在式典に呼び出されるほどの実力を持つくらいに、認められている。
「最初は大変だったよねぇ。そもそもこの世界にピアノはあるのか、ってところから始まったものぉ」
「あったけど、古すぎて近くに調律出来る人も、痛みを直せる人もいない事態になったし」
「エルディラは長生きで助かったよねぇ。端の方にいてくれたからさぁ」
えへー、と頬を赤らめながら、エーヴェはニヤ付いた。
たとえ映っている人物がナイン本人でないとしても。本人であればなおさら、その人物の前で大好きなピアノを披露できるのだ。落ち着いてみれば、これ以上に嬉しい事は無い。
エーヴェはただでさえワクワクしていた式典が待ち遠しくなる。
ナインなのか? そうではないのか?
2人はまだ、彼女がこの世界にいる事を、心の底から信じる事は出来ていない。
2人ともナインの声を、最も近くで聞いていたのだ。
その声が聞こえる場所でなければ、完全に信じるわけには行かなかった。
そうでなかった時が怖いから。
「……ピアノ、聴くでしょ?」
「当然だよ」
「君の事だから、既に城内にもあるでしょ。案内して」
間延びしなくなった台詞は、何よりもエーヴェが真剣である事を窺わせる。
彼はいろいろな事にマイペースだ。現に今日遊びに来た時、実は待ち合わせよりも1時間は遅れていた。前世の頃からそうなので、コノエは来てほしい時間の約1時間前の時間を伝えている。
そんなマイペースな彼が真剣になるのは、ピアノの事。
それ以外はほとんど無いと言える。
馬鹿と天才は紙一重、とはよく言ったもので、ピアノ馬鹿の彼は常にピアノのために行動していた。
ピアノが好きで、ピアノが大切。
そして。
「もしまた会えるなら、もっと、もっと、ちゃんと聞かせたいし、魅せたい」
「うん」
「もっと練習しなきゃ。時間が足りないな」
「うん」
ピアノ以外で彼が真剣になるのはナインの事だけだ。現に、その弟だったコノエは適当に相槌を打つだけで、既にエーヴェとは会話の体を成していない。
だが、それでいい。
久方ぶりに彼の瞳に宿った炎のような煌きに、会話が無意味だと感じたのだ。
それがコノエにとって、嬉しい事なのだから仕方無い。
「本気の、聞かせてね」
「もちろん。練習でも気なんて抜けないもの!」
その日、ピアノの音色が城内を魅せた。




