56 ダンジョンコア
今この場にいる者。
否。
今現在ルナ・ノアで唯一、リリィだけが知る人物。
それを、ナイン達が知るわけも無く、当然、ナイン達はその名に首を傾げた。
「それ、誰の事?」
「ある時代に生まれた勇者の、そうだな。チームメイト、だ」
「チーム、メイト。……リリィが言うって事は、ルナ・ノアが幾つもの月に分けた、例の勇者の話?」
「そうだ。情報量が少ないのに、よく分かったな」
「えへへ。勘」
真っ白な歯を見せながら胸を張る。
そんなナインの頭を撫でるリリィは、どこか遠くを見つめているようで。少なくとも、今目の前にいるはずのナインは、その瞳には映っていない。
エモイス。
そう呟かれたわけだが、この中である意味最も知識に長けたはずのロキが首を傾げている時点で、かなり謎に包まれた存在である。
「って、何でロキでも分からないの?」
『ランクUR+相当の閲覧権限を要求されています。従って情報は開示出来ません』
「えっ」
無表情、ではなく。いつもよりやや目を細めながら、ロキは淡々と報告をする。
つい先程、かなり多くの情報を閲覧できると公言したロキが見られない、正に最高機密。そんな機密情報であるはずのエモイスを知っているリリィに、ナインは双眸をキラキラと輝かせる。
歳相応の好奇心でもって、リリィに詰め寄った。
「ねぇねぇ、それ、誰? どんな人?!」
「ふみゃっ?!」
「ナイン、気になるのは分かるが、落ち着け。前のめりが過ぎて変な声出されただろうが」
危うく後ろに倒れそうになるリリィを、ユウトがさりげなく支える。
静かに、それでいて失礼の無いような位置に手を当てる。と同時に、ナインを少し離してから、リリィの姿勢を元に戻した。
猫のような声には一切触れずに。
「……むしろ触れてくれた方がマシだが。ユウトもそれなりに悪い性格をしている」
「その方が、ナインといて楽しいので」
「くっ、性格が悪い!」
全くシワの無い眉間に、浅い溝を作り出すリリィ。
プリプリと怒りながらも、その足は止まらない。
「エモイスの事ならば、いずれ分かる。いずれ、絶対にだ。それまで我から言える事は何も無い。あの者がいたという事以外は、何もな」
ナイン達よりも歩くスピードを速めると、あっと言う間にリリィは廊下の端にある扉へと辿り着いた。
光る蔦に覆われた扉に手をかけ、力を込める。
「さぁて。ナイン。あの者の事は教えられないが―― お目当ての物だ」
「っ」
リリィが不適な笑みを浮かべて告げる。そうすれば、ナインの興味の対象はアッサリと切り替わった。
ギィイ……と、重苦しい音が響いた。
光る蔦は無い。
あるのは、カプセルのような形の容器。
ゆりかごを包み込むカプセルには、天井から突き出した光る結晶の先端が突き刺さっている。
純白の光を放つそれは、辺りを眩しく照らしていた。
「……」
ナインは、絶句する。
先程と同じく、キラキラした目を浮かべながら。
キラキラと光る粒子を散らしながら、結晶の欠片のような物の中でも、特に大きい物が周囲をクルクルと回っている。
小指ほどから拳大まである結晶達は、光の軌跡を描きながらコアや結晶本体の周囲を旋回し続けていた。
それは、美しい以外に表現の使用が無い光景だった。
ゆりかごそのものは傷付いておらず、しかしそれゆえに、ゆりかごが『コア』であると分かる。
割れたカプセルに繋がった白と黒のコードだけが、この幻想的な光景には場違いだった。
「ふぁ、しゅごい」
「うむ。ここまで美しいコアは、我でも見た事が無い。加えてナインの魔力で満たされている事には驚きを隠せないな」
見惚れ、呂律の回らないナインに、リリィは楽しげに返す。
「分かるのか」
「うん? あぁそうか。ナインは直接相手に魔力を感じさせる事がほとんど無いからな。幾ら常に近くにいるそなたでも、分からぬか」
悪戯な言い方に、ユウトの瞳から温度が抜ける。それを察知したリリィは、大して怯えた様子も無くただ微笑むに留まった。
内心は失言に冷や汗ダラダラだったが。
「その言い方だと、ダンジョンコアってそんなに綺麗なものじゃないの?」
「普通は、な。ここまで純粋で曇りの無いコアは、めったに生まれない。何せほとんどのダンジョンは自然と生まれる。コアに蓄積される魔力は、必ず雑多なものになる。水に囲まれたダンジョンでも、必ず土や、炎の魔力も混ざるからな。
先程までのダンジョンも、闇属性のみで構成されていたが……今は逆。いや、それ以上。聖なる光の属性で満たされている」
「聖なる?」
こてん、とナインは首を傾げる。
リリィがわざわざ『それ以上』と称すのだ。何かあるはず、と思い聞き返した。
ナインが下から目線で尋ねれば、リリィも満更では無い様子で、胸を張りながら口を開く。
「普通属性と言えば、水や炎のといった、自然に存在する物質の名だ。しかしひとえに水や炎といっても、色々とあるだろう? 例えば軟水、硬水。青い炎や白い炎と言った具合にな。
そういった、同属性の中でも細かく区分するために、性質を表す装飾詞が使われる」
「聖なる、っていうのは、つまり属性に対する性質を表していると」
「そういう事だ」
ユウトの解釈にうむ、と頷いてみせるリリィ。
「聖なる光は、かなり珍しい属性だ」
「かなり?」
「どのくらいかまでは分からぬ。が、我の知り合いには少なくともおらぬよ」
何度も言うが、リリィはルナ・ノアで最も古い人間だ。その彼女の知り合いは、それこそ、全人類と言い換えても相違ない。
ロキに聞くまでも無く、途轍もなく稀有な存在という事だ。
もっとも、ただの魔力の属性の話なので、それほど気負う必要は無い。
ナインも「へーそうなんだ」くらいにしか考えない。
「でだ。ここまで純度の高い聖なる光の魔力に満ち満ちた結晶だからこそ、ここまで美しい光景が生み出されていると仮定できる」
「そうなの?! 私スゴイ?!」
「ああ、凄いぞ! このダンジョンから生まれるモンスターは、実質ナインの魔力から生み出される事になるからな……相当強くなりそうだ」
「私の魔力からかぁ」
ナインはキョロキョロと見回す。
つい数時間前までは全く別の魔力で構成されていたダンジョンが、自分の魔力で満たされている。
全く意図していなかったが、それが凄い事なのは分かる。
なので、目をキラキラさせたまま、忙しなく周囲を確かめていた。
しかし。
「それにしても、残念だな。ナイン」
「え、何が?」
「何がって。知らなかったのか?
―― ダンジョンを作り出したそなたは、モンスターに触れぬのだが」
「……うん?」
あはは、と笑うリリィの言葉に、ナインはいつもより大きく首を傾げた。
「ダンジョンコアと全く同種の魔力を持っていては、ダンジョン内のモンスターはそなたをコアと認識するだろう? そうなれば、自身の住処をわざわざ壊そうとするモンスターなどいない。ダンジョンモンスターなど、コアを破壊すれば存在そのものが消えうせる。当然」
「ナインを攻撃するモンスターは、現れない」
「うむ!」
リリィは元気に頷く。
その横で。
「……え?」
ダンジョンにおける楽しみの一つ……。
モンスター討伐の楽しみが無くなったナインは、少し、涙が出そうになっていた。




