55 仰せのままに
ナインだけでなく彼が凄いねってお話。
ダンジョンへ潜るための出入口は、幾つか存在している。
その全てが世界会議会場の外に繋がっており、狙ったように円状に配置されていた。
等間隔に空いて設置されたそれらは、やはり元々、別の目的で作られた施設だった事を表している。そしてその場所が、桃の月にとって忌まわしき闇の属性のダンジョンになった。
この事から、大して事情を聞いていないナインも事情を察した。
が、それは今聞くことでは無い。
桃の月の問題だから、別の月の者が首を突っ込んで良いものではない。
そんな事を悶々と1人で考えつつ、待つ。
そしてある瞬間、カッと目を光らせ、笑顔になった。
「おかえり、リミ!」
「ただいま戻りました、ナイン様!」
心なしか毛艶の良くなったリミが、未だベンチで寛ぐナインの目の前で跪く。その目をうっとりとさせ、探検服姿のナインを見つめた。
ナインらしい活発でかわいらしい服装だ。
リミの感想は、満足そうな声音のこの一文に限った。
「ロキ、ご苦労様」
『はい』
「楽しかった?」
『はい』
「なら良かった!」
ナインの傍に寄ってきたロキへ、ナインは微笑んだ。相変わらずロキの表情は無に等しく、会話も淡々としたものだが、ナインはそれだけで充分だ。
ナインの質問ならば、どのような質問でも肯定で返ってくるだろう。
しかしこういうのは気分だ。
満足げに頷いて、ナインはへにゃりとベンチに崩れる。
「うーん、やっぱりもう1回行こうかなー」
「それはやめろ。せめて、他の人達が出てくるまでは」
「えー」
ベンチの上でだらしなく横になる少女は、頬をぷくっと膨らませた。
「行くなとは言ってないだろ。何なら世界会議が無事終了するまで伸ばす事も考えるけど」
「やだ! 待つ!」
「ん」
一応探検服を着替えないまま待つこと2時間。
一般――ただし各月の王侯貴族――が全員ダンジョン外へと脱出を終えた。何故そこまでかかったのかと言えば、脱出途中で構造が変化してしまったせいだ。
ティーチは何名かを連れて出口へ向かっていたのだが、ダンジョンの構造が変化し、バラバラになってしまった。
ダンジョンが変化したばかりであれば、そこに生息するモンスターも少ない。
属性変化まで行くと、場合によってはモンスターが一匹残らず消える事もある。今回はそのパターンで、彼等が襲われる事は最低でも24時間はありえない。
以上、ロキ談。
「というか、今回は偶然ダンジョンが見つかっただけだ。脱出の目処は立ったし、ひとまずの目標は達せられている時点で、ナインが自らダンジョンに行く理由が無い。少なくとも、建前上は」
「うにゅっ。で、でも! 帰ってくるまで時間かかりそうだよ? リリィとか!」
「……あー」
現世界最強様の事を考えていなかったらしい。ユウトは口を尖らせるナインの言葉に、気まずそうに目を逸らした。
とはいえ、リリィは大人だ。それこそ、ここにいる誰よりも。
割とすぐ戻ってくるだろうとも考えた。
だがしかし。
ユウトは、どこまでもナインに甘い事を忘れてはいけないのである。
しゅん、と落ち込みながら不満そうに口を尖らせるナイン。彼女がユウトから目を逸らす事で、ユウトの心の中では葛藤が巻き起こっていた。
やがて、大きく溜め息をつくと、ユウトはナインの目の前に跪く。
「時間的に、冒険をする余裕は無いぞ? せいぜいコアを見て、戻ってくるくらいだ」
当初はコアを破壊する予定だったが、当初とは状況が異なっている。
ダンジョンコアと、地上に突き刺さった結晶が地下で融合した。これにより、コアの方でも属性が大きく変化しているようなのだ。
先程、ルルとナインは、結晶の中身をそっくりそのまま入れ替えた。
もう闇の力は残っていない。
当然、コアの闇の力もある程度。或いは全て取り除いてしまった。
ロキでなくとも大丈夫そうに思える状況である。
「どうする」
にやり、ユウトが笑ってみせる。
それはつまり、今を逃すとしばらくダンジョンそのものがおあずけになるという意味であった。そうでなければ、ロキのように淡々と誘うはずである。
それでも、一度もコアを見た事の無いナインにとっては充分魅力的だ。
実際、ナインが満足するまでダンジョンに潜ると、いつまでかかるか分かったものではない。
元来食事も睡眠も不必要な、世界最強種の龍である事を忘れてはならないのである。
「……のった」
「よし、じゃ、行くか。どうせ待てないだろうし」
「っ、いいのっ?」
ユウトの思っても見ない良案に、ナインの表情がキラキラと輝きだす。
まるで直射日光を浴びたような心地だ。何もやましい事は無いのに、目を逸らしてしまいそうになる。それでもユウトは頷いてみせたが。
伊達に前世からナインの幼馴染をやっていない。
「じゃあ、どう行く?!」
「そうだなぁ。あ、さっきロキが使った転移は?」
『使用可能です』
ちらりと視線を向けると、ロキは即答で返してくれた。
「そういえば、緊急転送って割には頻繁に使えそうだよね。緊急っていうからには条件ありそうだけど」
『はい。称号:転生者を持つ者がいなければ使えません』
「転生者? つまり、その場に転生者がいれば、無制限に使えるって事?」
『はい』
「わぉ」
何それチートじゃん。
と、何とも言えない表情で、ナビの主人である2人の顔が引き攣った。
「何か、今更だけど、物凄いの渡されたね」
「本当にな。サポートの範疇を軽く超えている気がする」
すぐ近くにいるロキには聞こえているかもしれない。だがそんな事は気にせず、ナインとユウトはロキに顔を背ける形で内緒話をし始めた。
ロキのサポートにとても助かっているナイン。
彼女自身、途轍もない「チート」と呼ばれる類の生命体と化しているが、その自覚は薄い。ユウトも同様に優れた生物だが、ナインよりは下の位置付けであると自覚していた。だがナインは周りよりも優れている事が日常であるため、その感覚は実に新鮮である。
転生者をサポートするためのナビゲーター。
チート能力を持って生まれる転生者を、サポートし、あるいは導く存在。
この時2人は、ようやく理解した。
ナビであるロキ、ティーチこそ、真のチートでは……! と。
「み、見た目は2人とも違うけど。それ以外に違いってあるのかな」
「あるいは、所持者によって能力が変わるとか」
『参考までに。個体名:ティーチに与えられている情報開示権限はランクA相当です』
「ふぇ?」
ロキから不意に告げられた情報に、ナインは静かに首を傾げた。
まだ内緒話の途中だったのだが、それは一旦横においておこう。
「たしか、ロキはURとか、無かったっけ」
『はい。個体名:ロキの情報開示権限はランクUR相当です。同ランク及びランクSSS相当以下の情報は閲覧・開示可能です』
「……あー」
そして再び、理解する。
ナインによりその名を与えられたロキ。
彼は確実に、ナインよりも『上』だ。元々才能や伸び白が存在しない。あるのはサポート用の『機能』のみ。そして彼等は、感情こそ無いが、こちらの感情を読み取り、理解する。
考えれば考えるほどに、彼等が人外であるナイン達と違い、生命体という枠からも外れている事を理解させられた。
「えっと、ロキ」
『はい』
「とりあえず。コアの所に連れて行ってよ」
『はい』
ナインは傍にいたユウトの手を握った。いきなり何かと思えば、ロキは既に転送を開始しているではないか。さすがロキ、行動が早い。
そして、転送が完了する、間際。
「―― 仰せのままに。ナイン」
「……?」
ナインは、尋常ではない動体視力で、捉えた。
―― ロキは、柔らかな笑顔を浮かべていたのだ。
「……わ」
気が付けば、そこは光る蔦が壁を覆う屋内。窓が無いために閉塞感が強いが、同時にぼんやりと輝くそれらが目に優しく、ナインは素直に感動した。
そこがダンジョンでなければ、観光地指定したい所である。
「えっと、コアは?」
『こちらです』
ふわふわと、ロキが先導を始める。先程の表情が抜け、完全に無表情に戻ってしまっているが、ナインはその目に焼きついた光景を、そっと心にしまった。
貴重な。
おそらく、この先めったに見せてくれないであろうものだから。
「直接コアのある部屋に行くと思った」
ユウトの声にハッとなる。
ロキとユウトは雑談しながら、既にナインの3メートル先にいる。
ナインは急いでそれを追いかけた。
『先客がいたので、そちらと合流してからが良いかと』
「「先客?」」
「―― 我の事か。確かにそなたらよりも前に到着していたが」
通路を曲がった先に、見覚えのある用紙と聞き覚えのある声の人物がいた。ナインは目をキラキラと輝かせ、その人物の胸元へと飛び込む。
バラの香りがふわりと鼻をくすぐった。
「リリィ!」
「ナイン、さっきぶりだな! ユウトもいるではないか。先程、2人してダンジョン内から消えたから、さすがの我も焦ったのだぞ?」
「うん。ちょっと、緊急事態で」
「ふふっ、分かっている。闇の結晶が降ってきたのだろう? 我も助太刀に行こうと考えたが、そなたらが行ったと考えてな。こちらに専念させてもらったぞ。ダンジョンの構造が変化したのはそなたらの仕業か、はたまた別の者の仕業か……」
くつくつと楽しそうに笑うリリィに、ナインは少し考える。
そして。
「成り行きかな!」
「俺達のせいと言えばそうだと思う」
『ナイン及びルルの仕業です』
それぞれそう答えた。
見事にバラバラな答えだが、全員合っていると言えば合っている。自然災害の延長線であるため、成り行きで、ナイン達が、ダンジョンの性質と構造を変えたのだ。
しかし一部始終を見ていない者には伝わり難く、台詞の方向性が定まっていないその様は見ていて面白かったらしい。
リリィはケラケラと笑い始めてしまった。
「ふっはっはっは! 本当に、そなたらは見ていて飽きないな!」
「ふぇ?」
「ふふっ。ふぅ。うむ。この数千年で1番笑っているぞ。うむ」
「そんなに?!」
「そうだ!」
「だろう? ―― エモイス」
リリィはそれまで大声で笑っていたが、突如としてその声を抑え、静かな笑みをナイン達へと向けた。その視線は明らかにロキへと突き刺さっている。
が。
「「『?』」」
その場にいるリリィ以外の3人に、その視線の意味は分からない。
リリィも言うだけ言ってコアがあるのであろう方向へと歩き出してしまい、もうナイン達から注意を逸らしてしまっていた。




