49 緊急事態につき
ユウトの頬に付いた傷は、種族特有の自己再生能力のおかげですぐに治った。
とはいえ、ナインがしょんぼりと落ち込むのに、傷そのものがあるか無いかは関係ない。彼等は静かに、本当に静かに、ダンジョンの廊下を進み続けた。
どこと無く気まずい空気が流れる中、ナイン達が見つけたのは重厚な扉。
「さすがにボス部屋じゃないよね」
「元々研究施設だったらしいから、その一部だろうな」
『ボスのいる部屋、という意味でのボス部屋には該当しません』
2人に淡々と返したロキは、相変わらずの無表情で言葉を続ける。
『しかし、ボスではなく、原因ならいます』
「……原因? というか『いる』って……まさか、俺達をここに落とした奴か?!」
世界会議が始まるよりも前にナイン達をダンジョンに落とし、月の代表者達をバラバラにした少女を思い浮かべ、顔を顰めるユウト。ナインも、ユウトの後ろで眉をひそめる。
そんな彼等に、やはり無表情のまま、ロキは……。
『はい』
こくりと、しっかり頷いた。
「「マジで?!」」
『はい』
ユウトとナインは声を揃えてロキに詰め寄るが、やはりと言うべきか無表情を貫きつつ、僅かに後退して接触を回避してみせるロキ。
それでいてユウト達の目と鼻の先、という位置は保っている。
さすがロキ、だった。
「と、とりあえず、開けるぞ」
「慎重にね……!」
鼓動が速まる中、ユウトはゆっくりと、ドアに手をかける。
そして――
「うえぇえぇええええーーーん! こーこーどぉーこぉー!!!」
―― バタン。
開けてすぐに聞こえてきた声と飛び込んできた光景に、無言で、閉じた。
「……いた、な」
「いた、ね」
漆黒のベールをかぶった、漆黒のドレスをまとう少女。彼女は邂逅した時のように雲には乗っていなかったが、その声も姿も、間違いなくそれであった。
それが、床にへたりこみ、大泣きしているのだ。
びっくりするのは当然と言える。
「……もう一回、見てみる?」
「……そうだな」
再び、ドアを開く。
「らーるーめーあーちゃぁーん! どぉーこぉおー?!」
((見間違いじゃなかったー!))
ぎゃあぎゃあと泣き続ける少女は、何度も床に手を叩きつけている。
しかも拳を叩きつけているわけではないため、ぺちぺちと情けない音が出るだけだ。
「うっ、うっ。暗いよー、怖いよー、寒いよー。何でラルメアちゃんがいないのよー……」
決して綺麗とは言えない床に突っ伏して涙を流し続ける少女。
「ぐすぐす、お腹空いた……何か眠いし……寝よ」
「ちょちょ、ちょっと待て?! ダンジョンの中で寝るとか、死ぬ気か?!」
「人の声がする! 誰かいるのー?!」
床にぺったりと頬を付けたタイミングで、ユウトが制止をかける。
すると、少女は勢いをつけて起き上がり、その反動でかぶっていたベールが落ちた。
ふわふわとした薄い緑の髪に、ブラックオニキスのような黒い瞳。そして横に長く尖った耳。白い肌に、黒いレース地のドレスを纏う少女は、目を潤ませていた。
「ふえぇ~ん! このまま1人になっちゃうかと思ったよぅ! ラルメアちゃんはいないし! というか誰もいないし! しかもここ広いし! ていうかここどこよ?!」
「何で落とした本人がここの事を知らないの?!」
「そういう意味じゃないもん! ここが闇属性のダンジョンだって事も、地図もちゃんと頭に入っているもん! ただ……」
「ただ?」
「……地図の、どこにいるのか、わかんないだけだもん……」
また目を潤ませて、少女はぷくぅ、と頬を膨らませた。
前回見た時よりも、随分と幼い印象が強まっている。恥ずかしさに俯き、床に指を立ててクルクルと描く様子は、見た目相応の行動だった。
見た目だけで言うならば、ナインよりも少し大きい背丈なのだ。むしろ見た目より幼いだろう。
「ん、と。ねぇ、何でわざわざここに来たの?」
「そりゃ、ラルメアちゃんがあ~んな姿やこぉ~んな姿になるのを、遠くから見るためよ」
「たとえば?」
「例えばぁ、蔓型モンスターで手足を拘束されて、恥ずかしいポーズをとってもらうとかぁ? そのままお漏らししても、助けてあげないんだからぁ!」
にしし、と、無邪気に笑う少女。
元の調子を取り戻したらしく、先程も乗っていた黒い雲を作り出して浮かび上がる。裸足をプラプラさせて、ご機嫌に笑った。
ただ……彼女の嫌がらせの考え方は、小学生レベルだ。
悪意の方向性が、小学生の男の子が好きな女の子に悪戯する程度のものだった。
完全に、子供じみていた。
「……へー」
悪戯っぽく笑う少女に、ナインは外向き用の笑顔を貼り付ける。
自分も相当子供っぽい性格をしていると自覚しているのだが、そもそも10歳ならおかしくない思考回路があるだけ。
しかし、目の前の少女は、全体的に子供っぽい。
そして、このダンジョンに蔓型モンスターなどいない。
「……出口、分かる?」
「わかったら苦労しないわ。というか、このダンジョンは出口がたくさんあるもの。ラルメアちゃん以外はぶっちゃけどうでも良いし、好きに出て行ってくれて構わないわよ。あっ、貴方達はダメよ! 一緒にいてもらうんだから!」
座り込んだまま、びしっ、と人差し指をナインに突きつける。
「……最初に出たチームへの豪華賞品って、あるの?」
「あるわよ。それはもう大量の金貨がね! まっ、桃の月以外では使えない奴だけどね!」
クスクス、と少女は笑う。
アステラーザでも外から来た商人を受け入れるにあたり、金貨は多く扱う。そんな中で判明したのは、その月の中でしか使われない金貨が存在するという事だ。
古い時代に使われていたらしい、ナインの持つ金貨の多くは、全月の間で使う事のできない金貨の類である。しかし月が今のように交友関係を築く前、つまり扉が繋がっていなかった頃にも、各月では金貨や銀貨などの貨幣は使われてきた。
当然、形や大きさ、模様などが違うそれらを、別の月で使えるわけも無く。
結果。同じ大きさ、重さ、模様を付けた金貨を、新たに作る事になったのである。
それが、共通金貨。
今回彼女が用意した金貨は、桃の月でしか使えない、月得湯の私的金貨だ。
桃の月にとっては超豪華賞品だろう。
だが、ダンジョンに落とされた者達の中では、ラルメア以外にとっては、全く価値の無い物だった。
「観光に使うにしても、桃の月相手にだけ使うにしても、入手した人によっては全く意味が無い」
「完全な嫌がらせだなー……」
「うーん。ユウト、どうしよう。そんなに悪い子に見えなくなっちゃった」
「いや、真っ暗なダンジョンに落とした時点で、立派な悪い子だろ。しかも豪華賞品に関して言えば、完全に悪意があるじゃないか」
「そもそもラルメアちゃん以外に渡す気は無いけどね~」
ケラケラと嘲笑を浮かべる少女に、ユウトは何度目かわからない呆れた表情を見せた。
自分から来たダンジョンで迷子になっていたにも拘らず、全く反省していない。加えて事の重大さを全く理解していない。
「ねぇ、ダンジョンコアの場所、わかる?」
「知らない。でも、何で損なもののある場所が知りたいのよ」
「諸事情でね。知らないならいいや。行こう、ユウト」
「ああ」
「えっ、ちょちょ、待って! 置いてかないでよー!」
しばらく廊下を進むが、ふよふよと浮きながら少女がついてくる。
本人は少し楽しそうに付いてきているが、さすがに無言のままというのは気まずかった。何故だか話題を提供しなければならないという焦燥感に追われ、ナインが口を開く。
「私は、ナイン。こっちがユウト」
「あら、良い名前ね。かわいらしいのと、かっこいい名前だわ!」
予想外に褒められて、ユウトはぽりぽりと頭を掻く。
「で、貴方のお名前は?」
「無いわよ?」
「「……はい?」」
「だから、無いわよ。生まれたから一度も名前を呼ばれていないし、あったとしても知らないわ」
何でも無いように、けろりと言ってのける少女。
その声は堂々とした物で、悲観も怒号も寂寥も、何も混じっていない。まるでそれが当然だとでも言っているようだ。
「外の人達には名前があるでしょ? 私は外に行く事も無いし、誰にも会わなくていいの。だから、名前なんて必要ないわ。あぁでも、今は外に出ているし、他の人とも会っているから、必要? もう、外って面倒くさいのね! 楽しいから良いけれど!」
今度はカラカラと朗らかに笑ってみせる少女。
ナインは、そこに一切の悲観が含まれていない事が―― 異常に、見えた。
「……お父さんやお母さんは、付けてくれなかったの?」
「おとう……あぁ、親ね。さぁ? 会った事無いし。というか、ラルメアちゃん以外の人の名前って知らないのよ。思えば少し変かしら?」
「少しどころじゃないと思うけど」
「そう? まぁ、そうよね。本当なら、ラルメアちゃんの名前だって、知らないはずだったものね。たしかにとても変だわ!」
そういう事ではない、と言おうとして、ユウトがナインを止める。
クスクスケラケラと笑う少女は、鼻歌混じりに雲を撫でる。
とても、とてもご機嫌なようだった。
「あぁ楽しい。人と話すのって、こんなにも楽しい事なのね! 酷いわ。みんなしてずっと、外でお話していたのだもの。私が知らない遊びや、お菓子で、盛り上がるんでしょ?」
「……うん。そうだね」
「ちゃんと外に出られるようになったら、ぜひ貴方の所にも行きたいわ。とても楽しそう……今から話題を考えておかなくちゃ!」
足をパタつかせて、楽しそうにふわふわと廊下を進み始める少女。漆黒の瞳は、ライトスプラウトの優しい光を反射してキラキラと輝く。
ユウトもまた、警戒心がそがれ始めていた。
地上にあった会場から、地下の広大なダンジョンへ複数名の人間を落としたのだ。とんでもない力を小さな身体に内包しているだろう。
だがしかし、その使用する方向性が、何故だかジャックと同様に見えてきていた。
実はナインも、ジャックと中身が似通っているような気がしてならなかった。
少女の姿がジャックとダブって見えた瞬間、ユウトの警戒心は瓦解する。
ただ1つの懸念を残して。
「1つ聞いて良いか」
「何かしら?」
「外の……空に浮かんでいた、大量の闇の結晶。あれは、お前の仕業か?」
「何のこと? 私、みんな……ミナサンをダンジョンに落とすくらいしか、していないけれど」
「……!」
こてん、と首を傾げる少女は、嘘を吐いているようには見えなかった。目を逸らす事も、おかしなクセも何も無く、本人も疑問に思っていた。
「……なるほど、な。不味いぞ、ナイン」
「え、何が?」
「俺達がここにいることが、だ」
ユウトの真剣な物言いに、ナインは目をパチパチと瞬かせる。
今更何を、と。問いかけたところで、ロキが制止をかけた。
その小さな手を、ナインの前にかざしたのである。
『報告します。地上にて、闇の結晶が徐々に落下を始めました』
「やはりか!」
「「??? どういう事?」」
ナインと少女が、同時に首を傾げる。
「俺達がここに来る前、ソラに大量の闇の結晶が浮かんでいた。その後、こいつが現れた事で、俺は正攻法でここから出なければ、その結晶を落とすという脅しに使うのかと思っていた」
「え、そんな事を考えていたの?」
「ああ。だから、真面目に出口を目指そうとした。が、何故かこいつがここにいて、空にあった闇の結晶がこいつの仕業で無いとするなら。……ロキ!」
『はい。自然現象です』
ロキは淡々と、説明を開始した。
『黒の月と空に存在する極小の扉は繋がっており、そこから徐々に瘴気が漏れ、やがて溜まった瘴気が数十年に1度降り注ぎます。それが、今日です』
「「「……!」」」
その場にいた3名の顔が強張る。
「桃の月の植物は、闇属性に対する耐性が全く無い。触れれば枯れる! 本来は、ラルメアのような、月の代表達が守るべきだろうが……!」
「今現在、代表他、月のトップはこの場に集まっていて、当然、月の植物を守るべき戦力も、全部ダンジョンへ落とされている、だよね? ユウト」
「そういう事だ! コアの破壊は急務だが、まず出口を探して、少しでも被害を抑えなくては」
「ロキ、どうにかできる魔法、ある?」
いざという時の動く辞書、ロキへと視線を向けるナイン。
ロキはというと、一瞬だけ目を伏せ、眉を寄せた。
これまでに見た事の無いアクションに、ユウトは最悪の状況を思い浮かべ――
『はい』
「そうか、無いか……って、は? あるのか?!」
次の瞬間にはけろりとした様子に戻ったロキに、思わずツッコミを入れてしまった。
「てっきり、何も思い浮かばなかったのかと」
『いえ。ティーチからの連絡が入ったため、動作にタイムラグが生じただけです』
何とも紛らわしい。
「出来るんだな……?」
『はい』
いつもどおり、頼りになるロキの、淡々とした口調で告げられる声。
ユウトとナインは、にぃ、と笑みを浮かべた。
「ちょうど、ナインのストレスを発散させる場所が欲しかったからな。ちょうどいい」
「あ、酷い! でも、たしかに思い切り動きたい気分だね。ずっと暗いところだと気が滅入るし!」
「???」
ただ1人、少女だけが状況について行けない。
頭の上に疑問符を浮かべるが……それに答える者は現れてくれなかった。
『僕はナインに触れます。ユウトはナインに触れた上で、彼女と触れてください。触れる場所は特には問いません』
「了解。じゃ、失礼して、っと」
「え? あっ。にゃー?!」
ひょい、と。少女はユウトに軽々と担がれる。
驚くほど軽い少女の細い腰を抱き上げ、スタスタと歩いていく。
少女は顔を真っ赤にして何かを叫んでいたが、ユウトは全く気にしない。
ロキはナインの頭に乗り、ナインがユウトと手を繋いだ。
『では、転送を開始します。―― ナビスキル:空間転移、発動』
「話を聞きなさいよ! ちょっと! 何のはな――」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ彼女の声が、途中で途切れ、廊下に静寂が広がった。ライトスプラウトの光が移す物は壁と床と天上のみ。
既に彼等は、そこにいなかった。
……。
こうして、彼等のダンジョン攻略は、予想外の形で終わった。
「終わらないよ! 後で再チャレンジするよ!」
「……まぁ、コアを見せない事には満足してくれないだろうからな」
「だから、私の話を聞けー!」




