48 弘法筆を選ばずして破壊する
魔法って何でもアリだと思う。
―― と、最終的に考える事になる話。
ダンジョンコア。
それはダンジョンをダンジョンたらしめる要。
そして、モンスターでもある。
「え、モンスターなの?」
『はい。ダンジョンコアとは、要するに強大かつ膨大な魔力によって、魔法生物へと生まれ変わった物質の総称であり、その多くが生命として活動しています。このダンジョンではコアはモンスターとして徘徊し、常に場所を移動しています』
ほぇ~、と、ナインはロキの説明に口をあんぐりと開けた。
驚きではなく、好奇心ゆえの感嘆である。
何それ見たい!
という、キラキラした目を見れば一目瞭然だった。
ユウトはそんなナインを見ながら、考える。
「たとえバラバラに探しても、コアを見つければ真っ先にナインを呼ばなきゃいけないのか」
「うむ。すぐに壊せないのは困り者だが、一度は見せねば駄々をこねるだろうな、アレは」
そう生温かい視線をユウトとナインの両名に送るのはリリィである。
貫禄の年季がとんでも無い事になっているためか、母親を通り越して聖母の微笑みとすら思える表情になっていた。
「とはいえ、既に場所はわかっているのだろう? ロキ、コアの属性も闇オンリーか?」
『はい。コアとなった魔道具は、特殊な生命維持装置のようですが、それ以外に特筆する点はありません』
「生命維持装置ってだけでも凄く控えるワードだけどね~」
語尾の伸びた、シリルの声が響く。生命維持装置と聞くと人工呼吸器なんかを思い浮かべたユウトだが、特殊な、という事はそれではないのだろう。
こんな魔法のある世界で生命維持装置など、魔法の無い世界出身のユウトには想像が付かなかった。
加えて特殊ともなれば、未知の生命体と同じくらいに未知の何かだ。
「ともかく、なるべく早く終わらせたい。……方角だけでも教えてくれ」
いるだけで憂鬱になりそうな暗い空間に辟易しながら、ユウトがロキを睨む。
種族的には暗い場所の方がその能力を遺憾無く発揮できる。しかし月の光が無いこの場所はどうにも落ち着かないのが現状だった。
状況が状況であるため、早急に問題を解決したいと気が逸っているせいでもある。
ロキは珍しく少し考え込んでから、静かに指を差す。
ナイン達の、進行方向だった。
「……もしかして、密かに誘導していたのか?」
『はい』
「マジか……!」
無表情でとんでも無い事を言ってのけるロキに、改めて畏怖を抱くユウト。自身も同じような動く辞書、ティーチはいるが、彼女はロキとまた違った「性格」をしているのだ。
本人達は感情など無いと言っているが、ロキはナインといる内になかなかユニークな性格に変わってきている、と感じていた。
そんなロキは、眉を寄せて小声で話す。
『ですがそろそろ、全員で固まって動く事に反対意見が出るでしょう』
「あ、たしかに。了解、了解。不自然にならない程度に分かれて、捜索しよう」
横からひょこっ、とシリルが飛び出して、提案してきた。
柔らかな笑顔だが、突如として現れた彼に驚愕を露にしてしまう。
「真面目なユウト君より、普段飄々としている僕が提案した方が違和感は少ないでしょ」
そう片目をウィンクさせ、子を描く唇に、立てた人差し指を当てる。
僕に任せて静観していろ、と。
そう、言外に言われた気がした。
「ねー王様。さっきからうずうずしていません? もうちょっと緊張感持ってくれなきゃー」
「むり!」
シリルが話しかけたのは、そわそわと落ち着かない様子のジャック。
彼はかぼちゃ頭をあしらった杖をがりがりと床に引き摺っており、いかにもつまらなそうだ。案の定シリルの注意も即答で跳ね除ける。
「つまんないつまんないつまんない~! もーやだ! 僕はあっち行くぅ~!」
その場で地団太を踏み、挙句進行方向とは真逆、つまりは元来た道を戻ろうとしてしまうジャック。
「わ、王様ご乱心~」
シリルはあははー、と気の抜けるような笑い声を上げた。
「まぁそういうわけで、うちの王様はもう限界みたいだし、ちょうど道が4つに分かれているし。まぁ1つは元来た道だけどね……」
そう言って、シリルはずんずん進んでいくジャックの襟首を掴んだ。ジャックは「放せ!」や「放せ!」とか「放せ!」ばかり言っているが、気にしない。
ジャックは子供じみていても、この世界において最強の一角を担う『魔王』だ。
こんな扱いを出来るのは、彼が気を許して、なおかつ性格上ジャックを在る程度ないがしろにしてもおかしくないシリルとリリィくらいである。
「ジャックが別行動取るなら、私だって別で動きたい! でも、危ないよね?」
ナインはちらり、とユウトに視線を送る。腰のベルトには愚者の腕輪が固定されていた。
『ナインの場合、愚者の腕輪を外すと、この施設を壊す恐れがあります。外さない方が賢明でしょう』
「よし、ナインとクロウは俺と一緒に行こう。ジャックのお守りは」
「煽ったの僕だし、やるよ」
「……自覚があるようで何よりだ」
そのまま、シリルとジャックは後ろの道へと進んでしまう。その背中はすぐに見えなくなった。
次に、リリィが腕を組みつつ呟く。
「ふむ、自由行動なら、我は1人で行くとしよう。いざとなれば、ロキは我とも連絡がつくだろう?」
『可能です』
「うむ。ではな」
リリィは鼻歌混じりに右の道へ歩いて行ってしまった。
「わたくし達はどうしましょう。このダンジョンは、ヒュミアには少々キツイようですが」
「あの、ユウト様。そちらから1人来ていただけませんか? お願いいたします!」
エディとラルメアに、暗喩かつ直接的に頼まれる。しかしユウトが一緒に行こうとしているナインとクロウは、どちらも1人にするのは危険な気がした。
ナインはまぁ、実力的には大丈夫だろうが、精神面の暴走が心配になる。
クロウは実力があるが、何と無く、そう。何と無く1人にしたくない。
もちろんエディ達がいるので1人ではないのだが、不安感は拭えなかった。
「とはいえ、仕方無いか……クロウ。行けるか?」
「お姉ちゃんと一緒がよかったですが、僕はTPOを弁えるのです」
ふむん、と胸を張るクロウ。時と場所と場合を弁えるとは、ある意味ナインより相当優秀と思ってしまったのを、ユウトは胸の内に秘めた。
それから、左の道へと進んでいく。
「ロキがいる事を除けば、おばけ屋敷と同じような感じじゃない?」
「2人きりの状況と言えば、たしかに。思えば、あの時のかぼちゃはジャックの配下だよな。どうりでたくさんいたわけだ」
「あ、そういえばそうだね! お祭りの後もたくさんいて、お帰りいただくのに苦労したな~」
笑顔で語るナイン。
ジャックが残ったので、別にいてもおかしくはなかったかぼちゃのモンスター達。しかし彼等は多すぎて人々が不安に思いそうだったので、帰らせようとしたのだ。
だが、ジャックはナイン達の予想以上に記憶力が無い。帰らせるよりも呼ぶ個体数が多く、ジャックには忠実なかぼちゃ達は、どんどん増えていった。
最終的に、リリィがモンスター達へ強制力のある命令を出し、シリルがジャックの気を引く事で解決したが、その発想に辿り着くまでが長かった。
その苦労のおかげで先日の感情大爆発が、予定よりも早まった事は否めない。
ロキでも予測不可能だったほどの事案である。
「こっちにコア、あるかなー? あるかなー!」
ルンルンと非常に機嫌の良いナインの横で、ユウトはぎこちなく微笑む。
彼等が進む先にダンジョンコアがあると分かってしまえば、熱も入らなくなっていったのだ。
とはいえロキに聞いたのは、コアのある方向のみ。
そう、方向のみなのだ。
『……方向は、こちらです』
「方向だけかー……」
目の前には、扉も何も無い、壁。所謂行き止まりになっていた。
ここまでの道はまっすぐ続いていた。あの十字路まで戻らなければ、他の道は無い。
ユウトは頭をかきながら、踵を返す。
―― 返そうと、した。
「じゃ、壁を壊そう!」
「何でそうなる?!」
鼻息を荒くするナインに、思わず裏手でツッコミを入れてしまうユウト。しかしナインは止まらない。
手に持つ剣に炎を纏わせ、壊す気満々に振り回した。
「……ロキ、この壁の厚さは?」
『約50センチメートルです』
ふむ、とナインが考え込んで、顔を上げた。
「出来るね!」
「出来るのか?!」
自信たっぷりに、ウィンクしてみせた。
「大丈夫大丈夫。この剣が壊れるかもしれないけど、多分出来るって!」
「ラルメアがここの材質の事を言っていただろ! 余程の事が無い限り壊れないって!」
「やだ! 壊す!」
「やだとかの問題じゃないだろう?!」
ユウトはナインをずるずると引っ張るが、ナインはじたばたと暴れまわって反抗する。何度も炎を纏った剣を振り上げては下ろし、振り上げては下ろし……。
何とか静まったのは、行き止まりから20メートルは離れた後だった。
が、しかし。
やけに静かになったナインが、ふと、口を開く。
「―― ユウト。弘法筆を選ばずってことわざ、知ってる?」
え、と。ユウトが声を返すと同時。
少しずつ離れていたはずの、行き止まりになっていた壁が、音を立てて爆発する。
僅かに白く輝いて、爆風がユウトとナインに吹きつける。
反射的にナインを庇ったユウトの頬を、小さな小石が掠めた。
「あ……っ」
掠った小石は、ユウトの頬に赤い一線を引く。
ユウトの表情が、凍りついた。
「……ナイン」
「……はい」
「次は無いと思いたいが、一応言っておく。―― 次は、予め言ってくれない?」
ガラガラ、カラカラと、遠くで石の崩れる音が聞こえてくる中、ナインは反射的に正座になった。
背筋を悪寒が全力疾走で走りぬけ、ゾクリ、としたから。
……ユウトは、天使のような微笑を浮かべていた。




